コトバJapan! 早川幸子 の 記事一覧

早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。


 今年5月、痴漢を疑われた男性が駅のホームから線路に飛び降り、逃走する事件が相次いで起こったのを受け、「痴漢冤罪保険」に加入する人が増加しているという。

 販売しているのはジャパン少額短期保険というミニ保険会社で、他人にケガを負わせたり、自分が事故の被害者になったりして、損害賠償請求の手続きが必要になったときの弁護士費用を補償するというもの。特典として「痴漢冤罪ヘルプコール」というサービスがついているのが、「痴漢冤罪保険」と呼ばれるゆえんだ。

 痴漢の疑いをかけられたとき、事前に携帯電話やスマートフォンなどに登録しておいたホームページから通報すると、保険会社と提携している弁護士に一斉に緊急メールが送信され、対応方法を電話で指示してもらえる仕組みになっている。GPS機能によって通報した人の位置情報が伝えられるので、近くにいる弁護士がかけつけてくれることもある。

 保険期間は1年で、保険料は年額6400円(月額590円)。痴漢を疑われた場合、事件発生後48時間以内の弁護士の相談料、接見費用(交通費含む)を負担してくれる。ただし、サービスを利用できるのは保険期間中1回のみで、冤罪以外の場合は補償されない。男女問わずに契約できるが、契約者の9割が男性だという。

 いったん痴漢の疑いをかけられ、起訴されると、たとえ無実でも無罪を勝ち取るのは難しく、人生は大きく変わってしまう。痴漢冤罪に巻き込まれないためには、DNA鑑定などに備えて事件発生時点で証拠保全をしておく必要があるが、身に覚えがないのに、突然、痴漢を疑われて冷静な対応ができる人ばかりではない。転ばぬ先の杖として痴漢冤罪保険に加入する人が増えるのは、今の時代を反映している姿なのだろう。

 だが、痴漢冤罪が生まれる背景には、都市部での尋常ではない通勤ラッシュがある。7月11日から、東京都では小池百合子知事の肝いりで、通勤、通学客が多いラッシュの時間帯の混雑を緩和するため、企業や自治体が時差通勤に取り組む「時差Biz(ビズ)」キャンペーンが始まった。

 フレックスワークや在宅ワークの推進、時差通勤を推奨して、少しでも満員電車を解消するのが目的だ。だが、一時的なキャンペーンでは、痴漢冤罪が生まれる満員電車の解消は難しい。

 通勤を含めて働く環境を改善していくには、東京をはじめとした都市への人、モノ、カネの流れを見直していくような大胆な改革が必要ではないだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 この春の大卒の就職率は、前年比0.3ポイントアップの97.6%。比較可能な記録が残る1997年3月末以降で、最も高い就職率となった(厚生労働省「大学等卒業者の就職状況調査」)。

 良好な就活環境は今年も続いており、「2018年卒マイナビ大学生就職内定率調査」によると6月15日時点の内々定率は67.7%。6月1日に大手企業の就活面接が解禁されたばかりだというのに、大学生や院生の7割が内々定を得ているという「内定インフレ」が起きている。

 学生に有利な売り手市場が続いているおかげで、複数の企業から内定をもらう学生も多い。就職氷河期時代とは異なり、内定を出した学生のすべてが、その企業に就職するわけではなくなっている。せっかく選考した学生に内定を辞退されると採用のコストや労力が増える。2015年頃には、優秀な学生が他社に流れないように就職活動の終了を強要する「オワハラ(就活終われハラスメント)」が目立つようになった。だが、問題が表面化したため、企業は内定辞退を見越して多めの採用枠を用意して、内定を乱発。それが今回の内定インフレにつながっているようだ。

 いくら売り手市場だからといって、礼儀を欠いた内定辞退は許されるものではない。だが、就職は人生を大きく左右するものだ。学生たちが、多くの選択肢のなかから納得できる企業に就職したいと思うのは当然のことだろう。

 とはいえ内定インフレはいつまでも続くものではない。経済環境が変われば、学生だけではなく労働者の雇用状況は大きく揺らぐ。かつて、就職氷河期時代に就活生だった年代には、いまだ安定した雇用につけない人もいる。

 かつて、バブル経済に踊った日本経済は、その後、後始末に追われて、失われた20年を経験することになった。雇用にとっても、行き過ぎたインフレ、行き過ぎたデフレによいことはない。就職活動する学生も、雇用する側の企業も、内定インフレに踊らされないように、地に足のついた就職活動、採用活動が必要なのではないだろうか。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   



 現行の性犯罪に関する刑法は、明治40(1907)年に制定されたものだ。性暴力被害者は女性が圧倒的に多いが、当時は女性の社会的地位が確立されておらず、法律の制定についても女性は意見を述べることもできなかった。本来なら、時代に即して法改正を行なうべきなのに、性犯罪については法律の条文と被害の実態が乖離しているとの指摘を受けながら長く放置されてきた問題だ。

 その性犯罪を厳罰化する改正刑法が、先の通常国会で成立。約110年ぶりに抜本的に見直されることになった。改正のポイントは次の通り。

・強姦罪の名称を「強制性交等罪」に変更。女性に限定されていた被害者に男性も含め、性交類似行為も対象にする。
・強姦罪の法定刑の下限を、懲役3年から5年に引き上げる。強姦致死傷罪の下限は懲役5年から6年に引き上げる。
・強姦罪や強制わいせつ罪などは、起訴するのに被害者の告訴が必要な「親告罪」規定を削除する。
・親などの「監護者」が立場を利用して18歳未満のものに性的な行為をすれば、暴行や脅迫がなくても罰する「監護者わいせつ罪」と「監護者性交等罪」を新設する。

 このほか、同じ現場で強姦と強盗をした場合、これまではどちらが先かによって法定刑の重さが異なる傾向があったが、「無期または7年以上の懲役」に統一し、罪名も「強盗・強制性交等罪」とされる。改正刑法は7月13日に施行され、今後、性犯罪は重い罪に問われることになる。

 性犯罪の厳罰化の流れをつくったのは、性暴力の被害者、支援者グループなど4団体からなる「刑法性犯罪を変えよう!プロジェクト」だ。

 2014年に性犯罪に関する刑法改正の検討が始まったが、相変わらず性暴力の実態に即したものではなかった。被害にあった人たちは「他の犯罪に比べて法定刑が軽い」として、当事者の声を法改正に反映させるために、法制審議会に要望書を提出したり、理解を深めるための集会を開いたりしてきた。被害にあった当事者やその支援者たちが、勇気をもって声をあげてくれたおかげで、性犯罪を厳罰化する改正刑法は成立したのだ。

 だが、今国会では慣例を無視し、改正刑法より遅く国会に提出された共謀罪法を与党が優先したため、改正刑法が審議入りしたのは国会閉幕の約2週間前。参考人質疑も参議院法務委員会でしか行なわれず、十分な審議が行なわれたとは言いがたい。厳罰化されたとはいえ、多くの課題も残されている。

 強姦罪が成立するのは、被害者への「暴行や脅迫」が要件になっている。だが、必ずしも暴行や脅迫がなくても、性犯罪に遭遇するとフリーズ(凍り付き)という身体反応が出たり、関係性によって抵抗ができなかったりすることがある。そのため、要望書では暴行脅迫要件の撤廃、緩和を訴えていたが、「被害者の意思に反すると確信できなくても処罰されかねない」との反対論が多く、手つかずで残されることになった。

 また、親などの監護者が、18歳未満の者に行なった性的な行為等は、暴行や脅迫がなくても罰せられることになったが、立場の強い監護者は親や親戚などだけではない。スクールセクハラに代表されるように、親と同じような力関係については学校の教師、スポーツ指導者からの性的行為の強要も問題になっている。そのため監護者の対象を広げるように求める意見も多い。

 性的な暴力は「魂の殺人」といわれる。性暴力の本質にあるものは「支配欲」で、対象者をモノとして扱うことで自らの欲望を満たすのだ。だが、望まない性行為を強制された被害者の尊厳は著しく傷つけられる。そして、体だけではなく心にも深い傷を残し、その多くはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する。

 今回の改正刑法には、施行3年後の見直し規定が付則として設けられた。今回、指摘されながら、法律に盛り込まれなかった案件についても、この間に十分に審議を重ね、性犯罪が起こらない社会の実現を目指したい。
   

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子