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 いつの時代も、故事や史実、歴史上の人物などを照らしながら、不可思議な現象がさまざまに取り沙汰されるものである。その数はなぜか七つということが多い。八坂神社やその地域にも不思議な七つの風俗や習慣が伝承され、「祇園七不思議」と呼ばれている。さて、どのようなものだろう。

1、夜啼石(よなきいし)。八坂神社にある16の摂社末社の一つ、捨山王社(すてさんのうしゃ、日吉社)の古木の根元にある石が、夜になると「しくしく」と泣くという。
2、二見岩(ふたみいわ)。伊勢神宮の天照大御神(内宮)と豊受(とようけ)大神(外宮)を祭神とする末社、大神宮社(だいじんぐうしゃ)にある岩は小さいが、地中の姿は地軸に達するほど大きいとか。
3、西楼門(にしろうもん)。四条通のどんつきとなる社の西面にあり、石段上にそびえる西楼門。ここには、雨垂れの落ちる場所に窪みができない。さらに、蜘蛛の巣が張っているところを誰も見たことがないという。
4、力水(ちからみず)大神宮社の入口にある湧き水で「祇園神水(しんすい)」とも呼ばれる。この水を飲んで隣接する美御前社(うつくしごぜんしゃ)に参拝すると美人になれるといわれる。
5、龍穴(りゅうけつ)。八坂神社本殿の下には大きな井戸があり、そこに龍が棲んでいて、龍宮に通じているという。また一説には、神泉苑や東寺にも地下でつながっているという。
6、忠盛灯籠(ただもりとうろう)。八坂神社本殿の東側にある石灯籠のこと。『平家物語』巻六によれば、五月雨の夜、祇園女御のもとへ向かう白河法皇が、石灯籠付近で鬼を見たそうだ。そのとき、法皇はお供の平清盛の父、忠盛に鬼を討ち取るよう命じるが、忠盛は、まず正体を見極めるために生け捕りを試みる。すると、実は祇園社の社僧だったという。雨具の蓑が灯籠の光で輝き、銀の針をまとっているかのように見え、鬼のように思われたのだという。忠盛の機転の良さを逸話にしたもので、現存する忠盛灯籠は、その頃からあるものだといわれている。
7、龍吼(りゅうぼえ)。本殿の東の柱に龍吼と呼ばれる彫刻がある。その下で西に向かって立ち、手を打つと、龍が鳴くといわれ、不思議な音が聞こえるそうだ。

 「七不思議」というけれど、どれも史実のような説得力があり、面白い。実は「祇園七不思議」といわれる伝説はもっとたくさんの話があり、すべて上げたら20ぐらいあるだろう。これとは別に、「永観堂七不思議」や「清水寺七不思議」などと、京都中の名所あちらこちらに七不思議が存在する。物見遊山を楽しくする話題として、昔から人から人へと伝えられてきた話なのだろう。

 


八坂神社境内(写真上)と忠盛灯籠(下)。祇園女御の邸宅は、八坂神社境内を山側の東方向へ進んだところ(現在の円山公園内)にあったそうだ。


京都の暮らしことば / 池仁太   



 先週の月曜日(5月15日)の夜だったと思う。『週刊新潮』(以下、『新潮』)編集部から電話がかってきた。若い女性で、『(週刊)文春』(以下、『文春』)が『新潮』の中吊りを火曜日の午後に不正に入手していた件について、コメントをもらいたいというのである。

 3時から友人たちと蕎麦屋で一杯飲んで、6時過ぎにオフィスへ戻ってウトウトしていたこともあるが、彼女が「そんなことが許されるのでしょうか」と息せき切っている訳がよくわからず、校了日の夕方に中吊りを手に入れて、それから取材しても、ろくな記事はできない。それに、私が編集長のときは、ライバル誌の『週刊ポスト』の情報を手に入れようと、あらゆる手を尽くして集めたものだ。週刊誌も一企業と同じだから、ライバルの情報を探るのは当然の「企業努力」ではないか

 そう答えたものだから、当然ながら、『新潮』の当該の記事に私のコメントは入っていない

 『新潮』(5/25号)は5月17日水曜日の夕方、某週刊誌編集長から見せてもらった。「『文春砲』汚れた銃弾」というタイトルもすごいが、巻頭10ページ特集というのにも驚いた。

 『新潮』側の怒りはよく見て取れる。新聞もテレビも、平素『文春』にしてやられているからか、大騒ぎしている。私はこの記事を2回読み直した。だが、識者といわれる大谷昭宏や佐藤優(まさる)、中森明夫たちが、「ライバル誌の広告を抜くという行為は、週刊誌という媒体にとって自殺行為」(大谷)などと非難しているのが、よくわからない。

 その理由は後で触れるとして、『新潮』を見てみよう。『新潮』が、『文春』側に情報が洩れているのではないかとの「疑念」を抱いたのは14年9月11日号。『新潮』は朝日新聞の「慰安婦誤報」をめぐって、朝日で連載していた池上彰が「(朝日は)謝罪すべきだ」と書こうとした原稿を掲載しないとしたことで、連載引き上げを決めたという記事を掲載し、中吊りにもかなり大きく打った。

 この週の『文春』の中吊りは池上の件には触れていない。だが、新聞広告には「『池上彰』朝日連載中止へ『謝罪すべき』原稿を封殺」のタイトルがあり、「記事中の池上氏のコメントはわずか6行で、急遽差し挟まれたような不自然な印象を読む者に与えるのだ」(『新潮』)

 その上、『文春』は校了日である火曜日の午後7時57分に「スクープ速報」としてこの記事をネット上にアップしたため、「それは週刊文春のスクープネタとしてまたたくまに拡散されたのだ」(同)

 池上も、『新潮』の取材に対して、『文春』から電話があったのは『新潮』の取材があった後で、校了日の午後5時半だったと話している。『文春』の新谷学(しんたに・まなぶ)編集長は最近、『「週刊文春」編集長の仕事術』(ダイヤモンド社)という本を出しているが(彼が書いたとは思えないほど読みどころのない本だが)、その中でも、

 「池上彰さんのコラムを朝日新聞が掲載拒否した件では、同日発売の週刊新潮も同様の記事を掲載していることがわかったので、校了日である火曜日の夜に『スクープ速報』を配信した」

 と書き、その結果、「週刊文春デジタル」の会員が爆発的に増えたとしている。

 そのほかにも、『文春』に中吊りが流れている疑惑があると考えた『新潮』は、『文春』側に「不正を止めろ」と通告するのではなく、漏洩ルートを突き止めるための調査を続けた

 『新潮』が誇る調査力で、漏洩しているのは新聞広告ではなく中吊り広告だった。『新潮』の中吊り広告の画像データから、そのPDFファイルがコピーされたのは、『週刊文春』編集部にあるコピー機であることが判明したのだ。

 さらに、漏洩元はどこかを突き止めると、出版取次会社「トーハン」が、『文春』の人間に渡していることがわかり、『文春』の「雑誌営業部兼販売促進チーム」に属する30代の男性が、トーハンの人間から『新潮』の中吊り広告を受け取り、コンビニでそのコピーを取っているところを「激写」した。動かぬ証拠を手に入れた『新潮』が、大々的に『文春』の悪事を特集したというわけである。

 『新潮』に直撃された新谷編集長は、いつもの歯切れの良さはなく、「入手しているかどうかの事実関係も含めて、情報収集活動については一切お答えしていないので」「うーん……。ま、だからさ……(苦笑)。あー。……難しい問題だよな、これはな。確かにな……」と要領を得ない。

 たしかに佐藤優の言うように「中吊りを見て誌面を作るのは、道徳的に大きな問題」があるのは間違いない。

 だが、先ほども触れたが、週刊誌といえども編集部員の数からして中規模企業ぐらいはある。梶山季之(としゆき)が書いた『黒の試走車』ではないが、ライバルが何をやっているのか、どんな情報を持っているのかを探ることは雑誌の浮沈、そこで生活しているフリーの記者、筆者たちの生存にかかわるのだから、あらゆる手を尽くして情報を取ることが一方的に悪いといえるのだろうか

 新聞も昔は、抜いた抜かれたで一喜一憂したものである。ここで私が編集長時代の経験を話してみよう。

 こんなことがあった。ライバルの『ポスト』に大物女優のヘアヌード写真集が独占でグラビアに載ることが校了日にわかった。ネタ元は某印刷会社の人間。こういう時のために、その人間とは酒を飲み、ゴルフをやり、親交を深めていた。

 『ポスト』も同じ印刷所だった。私は件の印刷所の人間に電話して、その写真集が手に入らないだろうかと頼んだ。何とかしましょうと言ってくれた。

 数時間後、写真集が手に入った。だがその時間からグラビアに入れることはできない。写真集の版元との交渉もしなければならない。そこで考えた。活版の自社広告を2ページ落とし、見開きに写真集を開いて見ている(顔は出さない)人間を、後ろから撮った写真を大きく載せる。

 キャプションには「○○女優のヘアヌード写真集が凄い話題!」。中吊り広告は間に合わないので、新聞広告を差し替えてもらって、左トップに「これが女優○○のヘアヌード写真集だ!」と特筆大書する。

 当時、ライバルだが、『ポスト』の編集長とは気が合ってよく飲んだ。私より少し下で人柄の素晴らしい温厚な人物だった。その週末も、夜、2人で飲んだ。

 人の悪い私は、『ポスト』の編集長に「あんたんとこ何かでっかいスクープでもあるんじゃないか?」。彼は「そんなのがあったらいいですけど、ないですよ」ととぼける。

 翌週の月曜日、新聞広告を見た彼から怒りの電話がかかってくる。「元木さんひどいじゃないか」。私はこう答える。「怒るのはもっともだけど、こちらも普段から企業努力をしてきて、あんたんとこに大スクープが載るのを黙って見ているわけにはいかないんだよ」

 彼とはしばらく会わなくなるが、そのうちまた銀座の場末のバーで飲むことになる。彼は編集長を辞めて50歳の若さで亡くなってしまった。

 「ライバルは憎さも憎し懐かしき」である。

 『文春』のやり方に違和感があるのは、自分のところのスクープでもないものを、速報として流してしまうことだろう。それはやってはいけない。

 私が現役中に一番腹が立って喧嘩したのは新聞社だった。『現代』は月曜発売なのに、新聞広告を自分のところで作り、新聞社に渡すのは、記憶では水曜日か木曜日午前中だったと思う。

 なぜ、新聞社に事前に情報提供しなくてはいけないのか。新聞社から各方面に情報が流れていることはわかっているのだ。それに、自社の悪口を書かれていないかを見るのは事前検閲にあたる。セックスがだめでSEXがいい根拠を示せ。

 『現代』で朝日新聞のある「疑惑」をトップでやったら、朝日新聞は何の通告もなしに月曜日の朝刊で、大きく誌面を使って反論記事を載せたことがあった。

 芸能人がツーショットを撮られると、雑誌の発売前に会見を開いてしまうのも、新聞広告の情報が流れるからである。

 『新潮』の言うように、フェアにやろうというのはその通りである。それに『新潮』は『文春』に部数でだいぶ差をつけられている。

 だが、きれいごとだけでは情報戦争を生き抜いていけないことも事実である。新潮社はあまりデジタルに熱心ではないが、情報を取るだけではなく情報を流す方法も考えたほうがいいと思う。

 『文春』が出版取次のトーハンから『新潮』の中吊りをもらっていた問題は、まだ尾を引きそうである。新谷編集長が「情報を不正、不法に入手したり、それをもって記事を書き換えたり、盗用したりした事実は一切ない」とし、「他メディアの動向を把握するのは日常的なこと」だと反論している。

 『新潮』側は当然ながら盗人猛々しいと批判している。また、どうして『新潮』は長年にわたり中吊りを渡していたトーハンの責任を問わないのかという声も多くある。

 私は、お行儀はよくないが、他誌の動向を掴むのも取材活動の一環だと思う。『文春』も、乙武5人不倫や山口敬之(のりゆき)の準強姦罪など、『新潮』の大スクープを載せていないのは、そこまでやってはまずいという判断があったのではないかと、私は思う。

 ここは『文春』側は潔く『新潮』に詫びて、お互い、火曜日の午後に中吊りを交換することにしたらどうだろうか。それは無理か?

 『ポスト』に私のコメントが載っている。「新潮が怒るのもわからなくはないけど、ほかに追っかけるニュースがあるだろうと。ちなみに新潮から今回の件でコメントを求められたのでそう話したら、ボツになったけどね(笑い)」

元木昌彦が選ぶ週刊誌気になる記事ベスト3
 昔の大女優たちが老人ホームを舞台に、素顔をさらけ出して演じる『やすらぎの郷(さと)』という昼のドラマが人気だ。昔は有名女優が老け役をやるというのは一大決心を要した。子持ちの母親役をやる吉永小百合は、私と同じ年。老婆役をやってもおかしくない年齢だが、引退するまでやらないだろう。だが時代は変わってきた。往年の大スターたちが同年代の役に挑戦し始めたのである。楽しみだ。

第1位 「燃える怨恨『アントニオ猪木』独占インタビュー 小池都知事『都民ファーストの会』代表は公金1100万円を横領した!」(『週刊新潮』5/25号)
第2位 「ドラマ『やすらぎの郷』撮影現場はリアル老人ホーム」(『週刊新潮』5/25号)
第3位 「この夏、『阿波おどり』に中止の危機」(『週刊現代』6/3号)

 第3位。地方新聞というのは、ほかの県では知られていなくても、その県では大変な力を持ち、傘下にテレビ局を入れ、地元の政治家も取り込んでいることが多い。
 私が昔よくお付き合いした「北國新聞」(石川県金沢市に本社)もそうだった。部数は少ないがコングロマリット化して、石川県では絶大な力を持っていた。
 夏の風物詩「阿波おどり」は徳島の名産品と言ってもいいくらい、県外でも知られている。
 その踊りが、慢性的な赤字体質が改善せず4億3000万円もの巨額な借金が積み上がり、中止の危機に追い込まれていると『現代』が報じている。
 その元凶ともいうべきが「徳島新聞」だと、市観光協会幹部が憤っている。要は、徳島新聞は、口は出すがカネは出さず、それどころか阿波おどりを収入源にしているというのだ。
 おどりの期間中、鑑賞できる桟敷席が10万席ほどあるのだが、徳島新聞が市の中心部にある人気の席を取ってしまい、それも2~3万枚も持って行ってしまうというのである。
 チケットをオープンにして販売したいと言うと、「おまはん、何を言うとんぞ! そんなことをしたら徳島におられんようになるぞ」と脅されたそうだ。
 阿波おどりでは企業名の入った広告看板が沿道を埋め、その作成は徳島新聞のグループ企業に大半発注される。その手数料でも徳島新聞は多大な利益を上げているという。
 さらに徳島新聞は、自社の社員をアルバイトと称して阿波おどりに参加させ、日当1万円以上を観光協会に請求するそうだ。
 徳島新聞は県内シェア7割を誇る。そうした力を自分たちが甘い汁を吸うために使うのでは、批判されても仕方あるまい。
 全国に知られている阿波おどりが、こんなことで中止にでもなったら県の恥だろう。徳島新聞もそうなれば、甘い汁を吸うこともできなくなる。
 両者と、県民を交えて、早急に話し合うべきだ。

 第2位。4月から放送が始まった倉本聰(82)脚本のテレビ朝日系のドラマ『やすらぎの郷』。テレ朝が「シルバータイムドラマ枠」と名付けた高齢者世代向けの昼の時間帯(毎週月曜~金曜12:30~12:50)だが、平均視聴率は6.3%と大健闘していると『新潮』が報じている。
 倉本の脚本もだが、出演する俳優たちが話題を集めている。舞台はテレビ業界に貢献した人間だけが入居できる老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada(イタリア語で道という意味)」。
 『水戸黄門』以来約15年ぶりの連ドラ出演になる石坂浩二(75)が一世を風靡したシナリオライター役になり、彼を振り回す大女優に、元女房だった浅丘ルリ子(76)、石坂の元カノだった加賀まりこ(73)が共演することが注目を集めた。
 それ以外にも五月みどり(77)、野際陽子(81)、八千草薫(86)、有馬稲子(85)、冨士眞奈美(79)。風吹ジュン(64)が石坂の亡くなった妻役で出ている(石坂の部屋には風吹の若い頃の水着写真が飾ってあるが、これがすごくいい!)。
 男優も藤竜也(75)、山本圭(76)、ミッキー・カーチス(78)と、存在感のある年寄りだらけである。
 やはり見どころはかつて夫婦だった石坂と浅丘の「演技」だ。序盤にこんなシーンがある。

 「≪『先生──ッ!』といきなり栄(石坂=筆者注)にハグする冴子(浅丘)。二人、結構長時間抱き合う。じろりと白い目で見るマヤ(加賀)。冴子、やっと離れて大納言(山本)に、『そっちにつめて。私ここに坐る』。マヤもマロ(ミッキー・カーチス)に『あなたもつめて。私ここに坐る』≫
 と、栄を取り合うように冴子とマヤがカウンターで両隣に陣取るのだ」(『週刊ポスト』5/19号)

 2人は71年にドラマ『2丁目3番地』の共演をきっかけに恋に落ち結ばれる。だが29年間連れ添ったが、石坂が浮気していたことが発覚して離婚。石坂の再婚相手はその不倫女性だそうだ。
 以来16年、2人は会ったことがなかったという。様々な思いを込めて「長いこと抱き合わせていただきました」と浅丘は制作発表の記者会見でユーモアたっぷりに語り、隣に座っていた石坂は居心地が悪そうだった。
 現在のドラマが斜陽になった原因は視聴率主義に走ったテレビ局にあるとか、枕営業が行なわれているという、業界のタブーや裏話が随所に出てくるなど、倉本ならではの隠し味もたっぷりある。
 また半年間という長丁場で高齢者が多いため、看護婦が撮影現場で待機していて、体調に変化がないか、あればすぐに対応できる万全の体制を取っているという。
 それにセリフが多いと覚えられずにカンニングペーパーを用意したりする老優も多いようだ。

 「倉本さんの脚本ですから、台詞がとても多いというのも確かにありますが、ミッキー・カーチスさんと五月みどりさんは、記憶力が落ちていて、台詞を覚えられなくて大変だそうです」(テレ朝関係者、『新潮』)

 五月のマネージャーもこう言っている。

 「ドラマのレギュラー出演は20年ぶりでして、久しぶりの上に、台詞が覚えられなくて大変でした。(中略)休憩中も撮影ギリギリまで台詞を覚えるので精一杯。一度くらいは、カンペを見ながら撮ったカットもあったかもしれません」

 さらに「野際さんは、3年前に肺がんを患い、現在も治療を続けています。やはり、体調があまりすぐれないようで、撮影シーンを大幅に減らしたほどです」(同)
 命がけの迫真の演技が見られるのも、このドラマの魅力であろう。そして一番の楽しみは、かつての大女優たちがどういう人生を辿ってきたかが、失礼ながら、どう顔や身体に現れているかを観察することである。
 浅丘の地肌が見えないぐらいの厚化粧は、寅さんのマドンナを演じた「リリー」そっくりだし、和製ブリジット・バルドーといわれた加賀からは「コケティッシュ」な魅力が残念ながらやや失われた。
 台詞覚えは別にして、五月の妖艶な雰囲気は健在だし、何といっても八千草の可愛いお婆ちゃんは、魅力たっぷりである。
 しかし、残念なのは、倉本作品にかつてのような切れがないことである。俳優たちの動きが多少鈍くても、台詞回しがたどたどしくても、毎日ドラマチックなことが起きなくても仕方ない。
 だが、かつての大俳優を演じる藤竜也がぎっくり腰で寝たきりになり、女たちが大勢であれこれ面倒を見てくれることに腹を立て、部屋を逃げ出し石坂の部屋に籠ったため、失踪したと大騒ぎになるシーンはいささか白けた。
 倉本は、藤竜也の役は高倉健を想定して書いたそうだが、健さんが失踪すればたしかに女性たちは大騒ぎするのだろうが、あまり出来のいいエピソードではないと、私は思う。
 ともあれ、日本にもようやく年寄りたちが主人公になるドラマや映画が出てきたが、外国には老人たちを主人公にした名画がいくつもある。
 70代半ばのヘンリー・フォンダとキャサリン・ヘプバーンが共演した『黄昏』は、今観ると感動は若い頃の10倍になる。この映画で2人はアカデミー賞主演男優賞と女優賞を受賞している。
 『カルテット! 人生のオペラハウス』という映画もいい。
 ダスティン・ホフマンの初監督作品で、引退した音楽家たちが暮らす老人ホームが舞台というのは『やすらぎの郷』と似ている。
 この映画にはイギリスが誇る著名な老アーティストたちが多く出演して名曲を演奏している。役者が音楽家を演じるのでなく音楽家が音楽家を演じるのだ。
 ホフマンは、演技経験のない音楽家たちにこういったという。「演技は全くしないでいいから、今感じていることをそのまま撮りましょう」。「年をとるとはどういうことか、そのまま見せたかった」そうだ。
 この『やすらぎの郷』をきっかけに、高齢者たちの愛や性を描いた名作が出てくることを期待したい。

 第1位。5月19日付の朝日新聞が、小池百合子・東京都知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」(以下、「都ファ」)の野田数(かずさ)代表(43)が、公金を横領したとする『新潮』とアントニオ猪木参院議員に慰謝料などを求める民事訴訟を起こしたと報じていた。
 このところ人気下降気味の小池都知事にとっては頭の痛いことであろう。『新潮』の記事はこうだ。13年に日本維新の会から参院選に立候補して当選した猪木だが、18年ぶりの国政復帰だから、秘書が見つからなかった。
 そこへ維新の会の事務局から野田を推薦され政策秘書にした。野田は、小池が保守党時代に秘書を務め、その後市議、09年からは都議を務め、現在は小池の名代として「都ファ」の代表を務め、小池からの信頼も厚いという。
 なかなかできる男だと、最初、猪木は全幅の信頼をしていたそうだ。だがそのうち、野田が銀座などで派手に飲み歩いているという噂が耳に入った。そこで内々に調べたら、クラブやキャバクラでかなりの金を使っていることが判明した。
 そのほかにも、野田は「文書通信交通滞在費」は月50万円と説明していたのに、まったくの嘘で、実際は月100万円だった。それを猪木名義の別の口座を開設して、そこへ月末に支払われる分が振り込まれるようにしていたという。
 そこで出納関係の業務をしていた女性秘書と野田に辞めてくれるよう伝えたそうだ。だが、解雇に納得せず、事務所にあった実印や預金通帳、現金をすべて持ち出し、パソコンのデータもすべて消去してしまったという。
 猪木に言わせると横領された金額は4000万円にも及ぶそうだが、すべてを裁判で立証するのは困難と判断して、1120万円を横領したと記載して、警視庁に告訴状を出したという。
 野田側は、そうした事実もないし、これまで一度も警察や検察から事情聴取はもちろん、連絡を受けたこともないと否定している。
 猪木側の弁護士は、告訴状を出してから2年以上になるのに、警察は動かないという。
 読む限りは、猪木のほうに理があるように思えるが、このところ都議選を控えて小池バッシングが激しい中で、ある種の「思惑」があっての告発のようにも思える。どちらにしても、裁判で白黒、決着をつけるべきである。
 『ポスト』(6/2号)、件の野田が、5月15日、高級和食屋、座っただけで5万は取られる六本木のクラブ、ショーパブなどを次々飲み歩いている様子をレポートしている。
 この豪遊資金はどこから拠出されているのだろうと、野田に質問状を送ると、代理人の弁護士から、野田のポケットマネーから払っているとの答えが返ってきたという。
 だが、この御仁、何やら小池のアキレス腱になりそうな気がするが。
 『文春』(5/25号)は、官邸、森元総理、ドン内田側の攻勢が激しい中、小池都知事のインタビューをやっている。そこで小池は、

 「都知事選に立候補した昨年七月の状況にすごく似ています。束になって潰しにかかる流れですね。でも、都民セカンドだった人たちに言われたくない。待機児童問題はこれまでにないスピード感でやっています。女性の皆さんはかなり評価してくれています」

 いじめられる小池VS.都民をないがしろにする悪党どもという構図を作りたいようだが、今度はそううまくいくか。
 『文春』で連載している元小泉首相の秘書・飯島勲(いいじま・いさお)が都議選を予測している。自民党は50議席を超える。「都ファ」はマックスで47から48議席。公明は13議席で、民進党はゼロか1議席と読んでいる。そうなれば蓮舫は辞任か。次もいないがね。
   

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   



 毎年5月15日、雅びやかな行列がゆるりゆるり、新緑の清々しい賀茂川に沿うように進んでいく。この葵祭は、上賀茂(賀茂別雷、かもわけいかずち)と下鴨(賀茂御祖、かもみおや)両社の例祭である。華麗な行列の形態は、平安時代の天皇即位のとき、賀茂神社に奉仕する皇族の未婚女性が勅使らとともに社へ向かうための行列が原型になっていて、古式の祭祀のあり方を現代に伝える貴重なお祭りの一つである。

 さて、かつての葵祭は旧暦四月の吉日にあたる中の酉(とり)の日に行なわれていた。そして、前日の申の日には、代々の宮司が口伝えに伝授してきた製法でお餅がつくられ、神前に供えられていたという。その供物の名を「申餅」といった。江戸前期に刊行された『出来斎京土産(できさいきょうみやげ)』には「葵祭の申餅」と記されており、古くは京都の人たちに広く親しまれた餅菓子であったそうだ。しかし、明治初年の法令制度化(編集部注:神社の祭礼が法令で制度化されるとともに、庶民の間に伝わる習慣は廃止された)を境に、食べる習慣が途絶えてしまったという。

 この「申餅」が約140年ぶりに復元された。2010(平成22)年のことである。さらに翌年には下鴨神社の「糺(ただす)の森」に、茶店のさるやが開店し、参拝者は申餅をいつも味わうことができるようになったのである。

 宮司の口伝である「はねず色(薄い小豆色)」や「素朴な甘み」などを参考に、「申餅」を復元したのは、下鴨神社の氏子で、小豆や黒豆をいかした和菓子作りに定評のある宝泉堂(左京区)である。小豆のゆで汁で餅を搗くことで色や甘みをほのかにつけ、ゆでた小豆の豆そのままを中に入れてある。自然のままの素材や味にこだわり、試作段階では、「もっと素朴に」といくども宮司から指摘を受けながら試行錯誤を重ねたそうだ。さるやでは、葵祭のときに神職が禊ぎとして飲む黒豆茶の「まめ豆茶」とともに、申餅を味わうことができる。


申餅とまめ豆茶。申餅には小豆の色や風味が繊細に取り入れられており、一方のまめ豆茶には、飲み終えたあとに黒豆を食べられるように塩が添えられている。復元に対する菓匠の意気込みが伝わってくるようだ。


   

京都の暮らしことば / 池仁太