味噌の風味と粘りのある食感。松風はその独特の味わいが癖になる、京名物の焼き菓子である。味噌松風ともいう。白味噌に小麦粉と砂糖を加えて練り、自然発酵させた生地を、一文字鍋(平鍋)に流して、表面には罌粟(けし)の実や胡麻、大徳寺納豆などが散らされている。天火で生地にまんべんなく火を通すため、鍋をぐるぐると回し、出し入れしながら、苦心して焼きあげている。取り扱っているのは、京都市内の老舗が数店舗だけで、粉の配合や味噌の寝かせ具合、ふりかける実などがそれぞれ異なっている。もともと、禅寺の点心として始まったものといわれ、原型は犬皮(けんぴ)や研皮(けんぴ)と呼ばれていた菓子であったという。

 今日に残されている松風がつくられたのは、16世紀末のこと。織田信長が一向宗制圧のため、石山本願寺(場所は現在の大阪城本丸あたり)に攻め込み、本願寺門徒と11年に及ぶ戦を繰り広げた「石山の合戦」の最中であった。この戦いで、本願寺第十一世顕如上人(けんにょしょうにん)は、兵糧攻めにより苦戦を強いられていた。この食糧難を救ったのが、亀屋陸奥(かめやむつ)三代目・大塚治右衛門春近(おおつかはるえもんはるちか)で、彼は将兵の食事代わりとして松風を焼き上げたといわれている。その結果、本願寺門徒は籠城戦を戦い抜き、信長とは和睦に至る。そして、本願寺が現在の六条堀川へと移り、そこで顕如上人の詠んだ歌が、松風という菓名になった。

わすれては 波の音かとおもふなり 枕にちかき 庭の松風

 亀屋陸奥の松風の一方、味噌松風の老舗である松屋常盤(まつやときわ、1652年創業)には異なる由来がある。それは謡曲「松風」の「浦寂し、鳴るは松風のみ」という一節より生まれたという説である。松風は、表側には胡麻や焦げの跡などの変化があって、野趣に富んだ雰囲気だが、裏返すと、何の変哲もなく、面白みがない。その様子を「裏さびし=浦寂し」と掛けて、謡曲の松風と結びつけたというわけである。

 松屋常盤は大徳寺と縁の深い、茶の湯の菓子を扱う名店。二つの異なる味わいを、凝った銘名説と共に楽しみながら食べ比べると、一層楽しいのである。


松屋常盤の味噌松風。江戸初期創業の老舗がつくる御所銘菓。上面には西京味噌を塗って焼き上げてある。京都の松風には由来と製法の異なる松風があり、これは大徳寺の江月和尚が考案した流れを汲んでいる。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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