日本中に膨大な社(やしろ)を数える神さま「おいなりさん」の総本社が、伏見稲荷大社(伏見区)である。いまや世界中から参拝客が殺到し、京都一の観光名所になっている。むろん、地元民にとって「おいなりさん」の初詣はお決まりであるし、2月初旬に行なわれる節分祭と初午大祭は、冬と春の分かれ目に、厄除けや招福を祈願する年中行事として定着している。

 さて、この伏見稲荷の門前菓子が味噌煎餅だということをご存じだろうか。白狐(びゃっこ、“狛狐”のこと)のお顔そのもののような「いなり面」の稲荷煎餅や、おみくじを中に入れた辻占煎餅などである。いかにも「土産物」風の形をした甘味煎餅であるので、駄菓子と勘違いした人がいるかもしれない。しかし、噛みしめたときの香ばしい胡麻と白味噌風味の混じりあう味わいはなかなかのもの。材料は、小麦粉、砂糖、白味噌、胡麻のみの素朴な生地で、これを一丁焼きの重い焼き型を使い、一枚一枚手焼きで仕上げている。卵を使っていないため、パリッとしたやや堅めの食感が特徴である。

 いなり面が伏見稲荷の門前菓子として定着したのは昭和期以降のことで、京都では比較的新しいといえよう。発祥は、岐阜県大垣市で江戸時代から営まれている味噌煎餅づくりを修行した職人が、伏見稲荷の門前に店を構えたのが始まりという。岐阜の煎餅との最大の違いは味噌で、もともとの赤味噌や麹(こうじ)味噌を京都風に白味噌に変えて使っている。現在、暖簾分けなどをした数軒が「きつね面」の煎餅屋を営んでおり、どの店も夕方には売り切れになっている。

 

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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