第3回 自然に宿る神(1)
申・神・風
自然界は、さまざまな姿をみせます。古代の人々は、それらを単なる自然の変化とはとらえませんでした。それぞれの変化の中に何らかの意味を求めようとしたのです。例えば、うっそうとした森や風が吹く様子にも何かが暗示されていると考えました。それが「自然に宿る神」です。神は人間の力の及びもつかないものでした。自然は今のように身近な存在ではなく、畏(おそ)れ敬う存在であったのです。その代表的なものが、闇に走る稲妻でした。古代人は、まさしくそこに神を感じたのでした。
説明稲光・稲妻の形を左右に並べた形の字が申(しん)です。それは天にいる神が、神の威力を現した形・姿であり、神の発するものであると考えられ、申は「かみ」の意味となりました。また稲妻は屈折しながら斜めに走るものですから、申を「のびる」という意味や「もうす」という意味に使うようになりました。
用例「申告」(もうし出ること)・「申請」(願い出ること)。
解説電光の「電」の下部の「
(しゅつ)」は、稲光が屈折して走る形を表し、屈伸を意味します。それが天にいる「神」の現れる姿と考えられました。その後、申が「のびる、もうす」の意味に使われるようになり、「かみ」の意味の字として神の字が作られていきました。にわかに天の様子が変わり、黒い雲と雷鳴がとどろき、そして地に向かって稲光が走り、時には木などに落雷します。それを古代人たちは天の神の怒りと感じ、天の神の現れる姿だと見て、稲光の屈折して走る形を表しました。
『神』
9画〔
〕10画(シン・ジン・かみ・かん・こう)小学3年
説明申は稲光の形で、「かみ」の意味があり、神のもとの形です。申が「かみ」以外の「のびる、もうす」の意味に使われるようになったので、「かみ」の意味の字として、神を祀(まつ)る時に使う祭卓(お供え物などを置く高い台)の形である「示(じ)」を加えて、
(神)の字が作られました。
用例「神聖」(神のように尊いこと)・「神社」(神を祀る建物)。
解説神は、もと稲光の形で、「申」がそのもとの字です。すなわち「神」は自然の霊威を示す自然神であって、祖先の霊を含むことはありませんでした。のち祖先の霊が昇って上帝の左右に在ると考えられるようになり、先祖の霊も神として祀られるようになりました。「精神のはたらきやそのすぐれたもの」を表すことばに「神爽(しんそう)」「神悟(しんご)」があり、人智を超えるものを「神秘(しんぴ)」といいます。
(形成)音符は(凡。はん)
説明甲骨文字の形は、鳥の形を写した形でした。神聖な鳥ですので冠飾りをつけて、鳳(ほう:「ほうおう」の意)の字のもとの形と同じです。のちに鳳の中の鳥をとり、爬虫類の虫を加えて風の字が作られました。風は竜のような姿をした神と考えられるようになったのです。そして風は天にいるその神が起こすものであると考えられました。
用例「風雨」(かぜと雨)・「風速」(かぜの速さ)・「強風」(かさのさせないほどの強いかぜ)・「風情」(独特のあじわい)・「風上」(風の吹いて来るもとの方向)。
解説文字を通して古代人の人々の意識に近づき、その立場に立って漢字を読み解いていきましょう。風の甲骨文字「
」は神の使いの鳥である鳳凰(ほうおう)の形で表されていました。人々は、風のそよぎの中に大空を羽ばたく鳳凰の姿を見ていたのです。のちに天には、龍が住むと考えられるようになりました。風は龍の姿をした神が起こすと考えるられようになり、その音を示す部分「凡
」だけが残りました。そののち龍を含めた爬虫類の虫(き)という文字が加えられて、風の字が作られたのです。虫(き)は蟲(ちゅう)の常用漢字「虫(ちゅう)」と同じ形をしていますが、別の字であり、「むし」の意味ではありません。
● 日本文字文化機構文字文化研究所 認定教本より
ここで紹介している日本文字文化機構文字文化研究所編集の教本は、最高峰の漢字辞典『字通』に結実した白川静文字研究の成果をもとに、漢字の成り立ちをわかりやすく解説した学習コラムです。白川静『字通』のオンライン検索サービスは、基本検索ならびに詳細(個別)検索でご利用いただけます。
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