第10回 人の形から生まれた文字〔1〕
文字の初めは、その大部分が象形文字です。象形とは物の形を写すものですが、その写し方に漢字独特のものがあります。その最も顕著なのが、今回とりあげる「人(じん)」という文字です。
同じ古代文字であるエジプトのヒエログリフ(象形文字)という文字では、人の形を書くときは、頭・胴体・手足というふうに五体の輪郭で示します。そして人はみな横から写した形で書かれています。ところが、漢字の「人」は極めて簡単な形で表すのです。人を横から見て、頭から手までを表す一画(
)と、胴体から足までを表す一画(
)の、わずか二画で(
)のように表すのです。そしてこの二画は、ものの本質を表す線でもあります。単純で本質的な線で表されていることが、漢字の象形文字のすぐれている点といえるでしょう。このように「人」を二画で表せたことは今までになかった新しいことで、それが単純な組み立てであるからこそ、「人」にいろいろな他の要素を組み合わせて、組み合わせの文字である会意や形声の文字を作ることができました。にんべんの文字だけではなく、人が文字を作る上で基本的な要素となった文字がたくさんあります。
まず「人」を二画で表すことができたということが、漢字の成立の第一歩として、非常に大きな成功であったと考えられます。
「人」という文字は、人を横から見た形でしたが、同じく人を正面から見た形の文字もあります。それが「大」という文字です。今回は、人の姿を横から見た形と、前から見た形の系列の文字の成り立ちをたどっていきましょう。
説明甲骨文字と金文は、わずかに二本の線を巧みに使って、横から見た人の形を表現しています。匈(きょう:胸の最初の形)・包(ほう)・身(しん)などは、みな人を横から見た形を表現しています。
用例「人員」(ひとの数)・「成人」(子どもが成長すること。おとな)・「人間」(ひと)・「人情」(人間らしい心、思いやり)。
解説人体を、
のように極めて単純な線で表しています。
の最初の一画が頭部と手、次の一画が胴体と足とを表します。この姿は人の立った側身形であり、他の獣(けもの)に比べて二本足で立ち、自由に歩行できる姿を表し、また全身が微妙な線で画かれているのは、身体の屈伸が自由に出来ることを表しています。二画で人を表したことが漢字の造字法の優れていることを示しています。
人を横から見て大きく書くと勹(ほう)となり、匈(胸)・包(人の腹の中に胎児のいる形)・身(妊娠して腹の大きな人を横から見た形)などは、みな人の変化した形です。人を横から見た形はまた儿(じん:ひとあしという)と書き、その上に口(
)をおく形は兄(けい)、光をおく形は光(こう)、足あとの形の之(し)をおく形は先(せん)、大きな目をおく形は見(けん)です。
説明また、さじの形や小刀の形です。これらの三つは、もとは異なるものですが、字の形が似ているので同じ匕(ひ)の形の字になりました。
解説右向きに
のように書くと匕で、妣(ひ)の最初の形。甲骨文字では匕(妣)は、なき母を意味します。
説明左向きに二人並んだ形は从(じゅう)で、從(従う)の最初の形です。右向きに並んだ形は比で、「ならぶ、したしくする」という意味になります。二人並ぶことから、「比較する(くらべる)」という意味になります。
用例「比親」(ひしん:したしむこと)・「無比」(むひ:他にくらべるものがないこと)。
解説右向きに二人相並ぶ形は「比(ひ)」で、「並ぶ、比べる」の意味になり、また、「親しくする」の意味ともなります。この字形の中から、その意味が汲み取れます。漢字の構成の的確、微妙なところを、これらのことから理解してほしいと思います。
● 日本文字文化機構文字文化研究所 認定教本より
ここで紹介している日本文字文化機構文字文化研究所編集の教本は、最高峰の漢字辞典『字通』に結実した白川静文字研究の成果をもとに、漢字の成り立ちをわかりやすく解説した学習コラムです。白川静『字通』のオンライン検索サービスは、基本検索ならびに詳細(個別)検索でご利用いただけます。
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