第19回 人の形から生まれた文字〔4〕
『止』
4画(シ・とまる・とめる・とどまる)小学2年
説明趾(あしあと)の形です。甲骨文字の左のほうが右足の足あと、右のほうが左足の足あとでしょう。止(し)は歩(あるく)の字の上半分です。また「之(ゆく)」の字と甲骨文字は同じ形です。足に力を入れてしっかり趾をつけることから、止は「とまる、とめる、とどまる」という動詞の意味に使われるようになり、名詞の「あしあと」の意味の字として、止にあしへんをつけた趾の字が作られました。
用例「静止」(動きをとめて、じっとしていること)・「中止」(途中でやめること)。
解説U字の形がかかとの形で、
と
の字形は親指を表し、ここに力を入れて止まることを象徴的に表しています。『説文解字(せつもんかいじ)』は止・之をともに草木が初めて生える形であると解しますが、いずれも趾の形です。止・之はともに前に進むことを表す趾の形。趾の形で足の動作を表現しているのです。
左と右の足あとを上下に連ねた字が「歩(ほ)(
)」で、「あるく、すすむ」の意味です。
正(せい)は「一」と「止」を組み合わせた字で、甲骨文字(
)や金文(
)の字形では「一」は囗(い)(都市を取り囲む城壁)で、都市を攻めて征服する意味です。征服者の行為は正当とされるので「ただしい」という意味になります。このように止は、どちらかといえば「とまる」というよりも「すすむ」(之)という意味に使われることが多いのです。甲骨文字のU字の下に水平の線があるのは足あとの止まっている状態を示していると思われます。走り幅跳びなどの測定の際に踵(きびす)の下を印とするのと同様に考えてもよいでしょう。
説明趾(あしあと)の形です。足あとの形によって足の動きを表しているのです。之(し)は止(し)と甲骨文字の形は同じですが、之は「ゆく、すすむ」の意味に使われ、止は「とまる、とめる、とどまる」の意味に使われます。
用例「之往」(しおう:ゆくこと)・「之適」(してき:ゆくこと)。
解説「止」の解説をご参照ください。
『歩』
8画(ホ・ブ・フ・あるく・あゆむ)小学2年
(会意)左足と右足の足あとの形、また右足と左足の足あとを前後に連ねた形。
説明足の動きを表す足あとの形を前後に連ねて書いて、前に「あるく」、前に「ゆく」という意味になります。足あとの形が「止」と「少(
)」の形になり、「歩(
)」の字の形になっています。
漢字では、「上」と「下」を掌の上と下で表して、上と下の字を作りました。そして「上」は掌の上という意味だけでなく、すべてのものの「うえ、うえのほう」の意味になり、上に「あがる、あげる、のぼる」の意味にも使われるようになりました。また人間関係では、「めうえ、うえの地位にいる人」をいうようになり、時間では、「はじめ、むかし」の意味に使われます。下も上と同じように、その意味が広がって使われるようになりました。
用例「徒歩」(乗物に乗らず、足であるくこと)・「進歩」(よいほうに次第にすすんでゆくこと)・「歩合」(ぶあい:ある数の他の数に対する割合)。
解説甲骨文字では、左右の足あとの形が前後に二つ連なって、歩くという動きを象徴的に表しています。
『足』
7画(ソク・あし・たりる・たる・たす)小学1年
説明上半分の「口(こう)」の形は、脚の膝の関節の部分です。下半分の「止」は足あとの形で、足のかかとから指までを表しています。足の形全体を写すのではなく、膝と足先を組み合わせただけの簡単な形で、「あし」という意味の漢字が作られています。手も手の形全体を写したものではなく、手首から先の五本の指だけで、「て(手)」という意味の字であるのと同じような字の作り方です。足は「あし」の意味のほかに、「たりる、たる、たす」の意味に用います。
用例「足跡」(そくせき:あしあと)・「素足」(すあし:くつしたなどをはかないあし。はだし)・「補足」(不足を補いたすこと)。
解説「止」は足あとの形で、上部の「口」は膝頭(ひざがしら)の関節の部分を表します。金文(きんぶん)の字形では、関節らしい形がよくわかります。足の字は、膝から下の足全体を象徴的に表しています。
- 金文
- 篆文
(象形)両手を振って走る人の形。
説明上半分は大(正面から見た人の形)に似ていますが、片手は斜めに上げ、片手は斜めに下げて、頭を少し前に傾けています。これは人が走っている形です。下半分は「止」(「之」と同じく趾〔あしあと〕の形で、ゆく、すすむという意味があります)で、走ることを強調しています。全体として、手を振って走る形ですから、いっしょうけんめいに「はしる、ゆく」という意味になります。
用例「走行」(はしること)・「競争」(はしって速さを競うこと)。
解説人が左右の手を振って走る形。走の上部は人が手を振って走る形の「夭(よう)」、下部は「止(足あとの形)」で走ることを強調して表しています。今の走の上部は簡略化されて「土」になっていますが、古い字形では「夭」と足あとの形です。
(会意)夭(よう)と(しゅう)とを組み合わせた形。
説明夭(よう)は走の上半分と同じ形で、頭を少し前に傾け、左右の手を振って走る人の形で、「はしる」の意味になります。走は下に「止(〔ゆく〕〔すすむ〕という意味があります)」を加えて「はしる」という意味を強調しています。
(しゅう)は「止(足という意味)」を三つ組み合わせた形ですから、足が三本となり、走よりも「はしる」という意味がさらに強められます。それで奔は「はしる」という意味のほかに、「はやい、にげる」という意味に使います。
用例足が三本もある人はいませんが、足三本を加えて「速く走る」という意味の字が作られているのです。
解説足が三本もある人はいませんが、足三本を加えて「速く走る」という意味の字が作られているのです。
金文(きんぶん)に「夙夜奔走(しゃくやほんそう)す」という語があり、それは朝早くから夜中まで祭祀(さいし)、祀(まつ)りごとに努めるの意味です。その祀(まつ)りごとに努めはげむときの足早な歩き方を「奔走」といいます。
● 日本文字文化機構文字文化研究所 認定教本より
ここで紹介している日本文字文化機構文字文化研究所編集の教本は、最高峰の漢字辞典『字通』に結実した白川静文字研究の成果をもとに、漢字の成り立ちをわかりやすく解説した学習コラムです。白川静『字通』のオンライン検索サービスは、基本検索ならびに詳細(個別)検索でご利用いただけます。
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