ニッポン書物遺産

江戸名所
図会

episode.2
『江戸名所図会』といえば、なんといっても精緻で斬新な長谷川雪旦の絵。その後の浮世絵に影響を与えたと言われる絵師雪旦に迫る、鈴木章生目白大学教授×お江戸ル堀口茉純のトークバトル2回目。

"庶民の視点"で描かれた江戸の町

堀口 「私、長谷川雪旦の絵がとても好きなんですが、でも、雪旦ってちょっとアヤシイ人物ですよね? 長谷川等伯(注1)の末流だからといって長谷川姓を名乗り、雪舟(注2)を敬愛するあまり、名前も一字もらって雪旦……」

鈴木 「はじめ彫刻大工だったと言われていますが、くわしくはわかっていないんです。俳諧を好み、文人たちとの交流はあったようで、狂歌本の挿絵や肖像画などで次第に頭角をあらわすようになったようです。40歳前後で唐津(注3)藩のお抱え絵師となりますが、その直前の文化12、13(1815、16)年ごろには『江戸名所図会』の挿絵作成にかかわり始めているようです」

堀口 「人物はアヤシイですけど(笑)、絵は本当にステキです。江戸名所図会の巻之一の江戸の町の絵を見た時、とっても驚いてしまって」

鈴木 「私も好きな絵です。普通、江戸の町といったら、隅田川の東岸から、浅草寺五重塔や江戸城、富士山を構図の中に入れて描くんですね。お上を仰ぎ見る視点です。ところがこの絵は、題名の【江戸東南の市街より内海を望む図】からもわかる通り、江戸城のほうから町の中心を俯瞰している。お城ではなく、町とそこでの営みが主役として描かれているんです。庶民の視点で描いた江戸といっていいでしょう」

堀口 「名所というより、産業を描いた絵もたくさんありますよね?」

鈴木 「そうなんです。例えば巻之二の【浅草海苔】などがそうですね。〈大森・品川等の海に産せり。これを浅草海苔と称するは、往古(いにしえ〉かしこの海に産せしゆゑに、その旧称を失はずしてかくは呼び来れり〉という説明とともに、雪旦の絵が見開きで展開されています。よく見ると、ベカ船(海苔採り用の作業船)から海苔乾しまで、海苔作りの全工程が一枚の画面の中に収まっている。彼らは、こうした生業、つまり地場産業もその地の繁栄を示す名所だと考えていたのでしょう。そうした生業が季節感を示したりもしています。たとえば佃の白魚漁といえば冬から春にかけての隅田川河口の風物誌ですね」

堀口 「絵としても面白いですし、『産業も名所だ!』っていうのは、江戸を誇る江戸っ子の心意気ですかねぇ」

長谷川雪旦の自画像を発見!?

堀口 「産業だけでなく、お店の絵も多いですよね。本当に、ガイドブックのショップ紹介みたいで、胸躍ります」

鈴木 「【十軒店雛市】(巻之壱)なんかそうですね」

堀口 「着飾った女性の姿もキレイだし、お店の人と客のやりとりまで聞こえてきそうです」

鈴木 「この絵、描かれている視線が低いですよね。神社仏閣を描く時は俯瞰図なのですが、こうした生活を描いた絵は、ぐっと目線が低くなるんです。だから町の賑わいが目で味わえる」

堀口 「雪旦、恐るべし!」

鈴木 「実はこの『江戸名所図会』の中に、一枚だけ、雪旦が登場する絵があるんです」

堀口 「えっ! どれですか?」

鈴木 「現在の日野市の辺りを描いた【平村平維盛古墳】(巻之三)です。板碑の前に、坐りこんでスケッチしている坊主頭の男がいます。これが雪旦です。他の書物にも、坊主頭の雪旦が登場していますから、絵筆を持っているこの男は、雪旦とみて間違いありません」

堀口 「これは何をしているところですか?」

鈴木 「文章に〈青き一片の板石にして、高さ七尺五寸あまり、幅二尺ほど、厚さ二寸ばかりあり。上の方にきりて字を彫り、下に「文永八年辛未中冬日」とあり。土人相伝へて、平維盛の碑なりといふ〉とあります。『江戸名所図会』チームは現地を訪れ、例えば板碑のサイズを測ったり、地元の人(=土人)の話を聞いたり、スケッチをしたり……こうした取材旅行をしていたことがわかります。おそらく、そのワンシーンなんでしょう。立っているアシスタントは、斎藤幸孝かもしれませんね」




  • 注1 長谷川等伯
    織豊-江戸時代前期の画家。長谷川派の祖。はじめ信春の号で仏画、肖像画を制作。のち京都で狩野派の画風や雪舟の水墨画などを学び、金碧障壁画と水墨画に独自の画風を創造した。
  • 注2 雪舟
    室町-戦国時代の画家。出家して京都相国寺に入り、画を周文に学んだ。40歳すぎ、大内氏の周防山口にうつり雲谷庵を開く。独自の山水画を追究し,日本の水墨画を大成した。
  • 注3 唐津
    佐賀県西北部、唐津湾に臨む地名。朝鮮半島へ渡る津の意。古来大陸交通の要地。

【浅草海苔】(2巻4冊67丁)。右奥に海苔が見える。〈寒中に採るものを絶品とし、一年の間囲ひ置くといへどもその色合ひ風味ともに変はることなし。(略)実に江戸の名産なり〉と書かれている。

【十軒店雛市】(1巻1冊23丁)。<十軒店雛市 内裏雛人形天皇の御宇かとよ>という芭蕉の句が書かれている。人物の表情もくっきり見える。

【平村平維盛古墳】(3巻10冊212丁)。手前が雪旦。墓に手を添えているのが幸孝か。彼らのフィールドワークを描いた貴重な一枚。

堀口茉純さんがナビゲーターをつとめる「お江戸、いいね!~I Like! EDO」Facebookページで絶賛公開中!

『江戸名所図会』といえば、なんといっても精緻で斬新な長谷川雪旦の絵。その後の浮世絵に影響を与えたと言われる絵師雪旦に迫る、鈴木章生目白大学教授×お江戸ル堀口茉純のトークバトル2回目。

"庶民の視点"で描かれた江戸の町

堀口 「私、長谷川雪旦の絵がとても好きなんですが、でも、雪旦ってちょっとアヤシイ人物ですよね? 長谷川等伯(注1)の末流だからといって長谷川姓を名乗り、雪舟(注2)を敬愛するあまり、名前も一字もらって雪旦……」

鈴木 「はじめ彫刻大工だったと言われていますが、くわしくはわかっていないんです。俳諧を好み、文人たちとの交流はあったようで、狂歌本の挿絵や肖像画などで次第に頭角をあらわすようになったようです。40歳前後で唐津(注3)藩のお抱え絵師となりますが、その直前の文化12、13(1815、16)年ごろには『江戸名所図会』の挿絵作成にかかわり始めているようです」

堀口 「人物はアヤシイですけど(笑)、絵は本当にステキです。江戸名所図会の巻之一の江戸の町の絵を見た時、とっても驚いてしまって」

鈴木 「私も好きな絵です。普通、江戸の町といったら、隅田川の東岸から、浅草寺五重塔や江戸城、富士山を構図の中に入れて描くんですね。お上を仰ぎ見る視点です。ところがこの絵は、題名の【江戸東南の市街より内海を望む図】からもわかる通り、江戸城のほうから町の中心を俯瞰している。お城ではなく、町とそこでの営みが主役として描かれているんです。庶民の視点で描いた江戸といっていいでしょう」

堀口 「名所というより、産業を描いた絵もたくさんありますよね?」

鈴木 「そうなんです。例えば巻之二の【浅草海苔】などがそうですね。〈大森・品川等の海に産せり。これを浅草海苔と称するは、往古(いにしえ〉かしこの海に産せしゆゑに、その旧称を失はずしてかくは呼び来れり〉という説明とともに、雪旦の絵が見開きで展開されています。よく見ると、ベカ船(海苔採り用の作業船)から海苔乾しまで、海苔作りの全工程が一枚の画面の中に収まっている。彼らは、こうした生業、つまり地場産業もその地の繁栄を示す名所だと考えていたのでしょう。そうした生業が季節感を示したりもしています。たとえば佃の白魚漁といえば冬から春にかけての隅田川河口の風物誌ですね」

堀口 「絵としても面白いですし、『産業も名所だ!』っていうのは、江戸を誇る江戸っ子の心意気ですかねぇ」

長谷川雪旦の自画像を発見!?

堀口 「産業だけでなく、お店の絵も多いですよね。本当に、ガイドブックのショップ紹介みたいで、胸躍ります」

鈴木 「【十軒店雛市】(巻之壱)なんかそうですね」

堀口 「着飾った女性の姿もキレイだし、お店の人と客のやりとりまで聞こえてきそうです」

鈴木 「この絵、描かれている視線が低いですよね。神社仏閣を描く時は俯瞰図なのですが、こうした生活を描いた絵は、ぐっと目線が低くなるんです。だから町の賑わいが目で味わえる」

堀口 「雪旦、恐るべし!」

鈴木 「実はこの『江戸名所図会』の中に、一枚だけ、雪旦が登場する絵があるんです」

堀口 「えっ! どれですか?」

鈴木 「現在の日野市の辺りを描いた【平村平維盛古墳】(巻之三)です。板碑の前に、坐りこんでスケッチしている坊主頭の男がいます。これが雪旦です。他の書物にも、坊主頭の雪旦が登場していますから、絵筆を持っているこの男は、雪旦とみて間違いありません」

堀口 「これは何をしているところですか?」

鈴木 「文章に〈青き一片の板石にして、高さ七尺五寸あまり、幅二尺ほど、厚さ二寸ばかりあり。上の方にきりて字を彫り、下に「文永八年辛未中冬日」とあり。土人相伝へて、平維盛の碑なりといふ〉とあります。『江戸名所図会』チームは現地を訪れ、例えば板碑のサイズを測ったり、地元の人(=土人)の話を聞いたり、スケッチをしたり……こうした取材旅行をしていたことがわかります。おそらく、そのワンシーンなんでしょう。立っているアシスタントは、斎藤幸孝かもしれませんね」




  • 注1 長谷川等伯
    織豊-江戸時代前期の画家。長谷川派の祖。はじめ信春の号で仏画、肖像画を制作。のち京都で狩野派の画風や雪舟の水墨画などを学び、金碧障壁画と水墨画に独自の画風を創造した。
  • 注2 雪舟
    室町-戦国時代の画家。出家して京都相国寺に入り、画を周文に学んだ。40歳すぎ、大内氏の周防山口にうつり雲谷庵を開く。独自の山水画を追究し,日本の水墨画を大成した。
  • 注3 唐津
    佐賀県西北部、唐津湾に臨む地名。朝鮮半島へ渡る津の意。古来大陸交通の要地。

鈴木章生(すずき・しょうせい) 鈴木章生(すずき・しょうせい)

1962年愛知県生まれ。89年、立正大学大学院文学研究科卒業。江戸東京博物館勤務を経て、現在、目白大学社会学部地域社会学科・同大学院国際交流研究科教授。専門は日本史。江戸の都市生活や文化を研究。『江戸名所図会』 CD-ROM版(ゆまに書房)の監修を務めた。

堀口茉純(ほりぐち・ますみ) 堀口茉純(ほりぐち・ますみ)

東京都足立区生まれ。明治大学文学部卒業。女優として舞台やテレビドラマに多数出演する一方で、江戸文化歴史検定一級を最年少で取得。以降、お江戸ル(お江戸のアイドル)として、文筆や講演でも活躍。2011年秋には徳川15代将軍をテーマに単行本を出版予定。