ニッポン書物遺産

日本方言
大辞典

episode.3
日本の方言は今後、どうなっていくのだろうか。方言の未来とは? 神永曉氏にお聞きする、シリーズ最終回。

「うざい」も、もとは方言

──今後、「方言」はどうなっていくでしょうか。
方言は文化である、と私は思っています。かつての日本は、谷をひとつへだてれば、使われる言葉が違っていました。その地域の生活や文化が、「方言」に息づいていたのです。
『日本方言大辞典』は大岩正仲先生の収集資料をもとにしていますので、先生が亡くなられた72年以降の資料がないのです。ですから、皆さんの中には、「自分の使っている方言が載っていない」という方もいるかもしれません。これは、「新しい方言が生まれ続けている」ということも一方で意味しています。
――方言自体が、どんどん変わっている……。
その通りです。例えば、ジャパンナレッジの「デジタル大辞泉」で「うざい」を検索すると、次のような[補説]が載っています。
〈もとは「不快だ。気味が悪い」という意の、八王子を中心とする東京多摩地区の方言。昭和40年代後半から東京の若者言葉になり、その後全国に広がった〉
つまり、方言が共通語になってしまったというわけです。ほかにも、語尾に付ける「~じゃん」も、方言がもとになっていると言われています。
――一方で、失われていく方言もあります。
特に、2011年の東日本大震災は大きな影響を与えるでしょう。震災によって自分の住んでいた地域が失われ、被災した人たちの多くが各地に散らばりました。これは方言もまた、散らばってしまったということです。いくつかの言葉は、これによって失われてしまうかもしれません。
そういった意味でも、『日本方言大辞典』は貴重です。すでにこの中には、今は使われていない言葉が含まれています。しかし、確かに使われていた言葉だったのです。『日本方言大辞典』は“言葉のカタログ”であると同時に、文化保存の装置の役目も負っているのです。
方言は危機的言語といえるかもしれません。

今日の夜は「だりやみ」?

――方言は危機に瀕している。
とはいえ、方言がなくなってしまうことはないでしょう。きっと皆さんも、標準語と勘違いして使っている言葉があるはずです。
例えば私は千葉県松戸市の育ちなのですが、「後ろ」のことをずっと「うら」と言っていました。社会に出て初めて、それが方言であることに気づきました。『日本方言大辞典』で検索すると、8番目の意味に〈後ろ。また、後方〉という意味が出てきます。
「はぐる」というのもそうで、私は「失敗した」という意味で使っていたのですが、これも方言でした。『日本方言大辞典』で引くと、その意味で用いるのは、茨城県稲敷(いなしき)郡や真壁郡とありましたが、父方は茨城の出。父の影響で身についた言葉でした。で、先日娘と会話したら、娘も「はぐる」を使っていました(笑)。
――方言をどんどん使っていい、ということですね?
テレビをつければ、どこかで関西弁が流れていますからね(笑)。「うざい」や「~じゃん」も加えれば、今や方言だらけなのかもしれません。私も実は、流行らせたい方言があるのですが、それは「きつけ」と「だりやみ」。これ、ぜひ『日本方言大辞典』で検索してほしいですね。どちらも、その項目の最後に掲載されている意味です。
――……「晩酌」ですか?
いい言葉です(笑)。ではこのへんで。今宵も「だりやみ」するとしますか。

小学館の倉庫の方言カードのキャビネット。同型のキャビネットがもう一つあり、中には大岩正仲氏による、カードがぎっしり詰まっている。



小学館の倉庫には北海道から沖縄まで、方言に関する書籍、冊子などが本棚にずらり。

東京女子大学篠崎ゼミ×ジャパンナレッジ「出身地鑑定!! 方言チャート」。「47都道府県版」は2014年夏リリース、江戸の国や藩などを入れ、日本を100の地域に広げた「方言チャート100」は昨春リリース。方言に関する簡単な質問に答えるだけで出身地を当てるという診断テストは大人気となり、「47都道府県版」と「方言チャート100」あわせて800万アクセスを記録。開発した女子大生たちはメールやSNSを使い、いまどきの方言を調査した。
出身地鑑定!! 方言チャート

日本の方言は今後、どうなっていくのだろうか。方言の未来とは? 神永曉氏にお聞きする、シリーズ最終回。

「うざい」も、もとは方言

──今後、「方言」はどうなっていくでしょうか。
方言は文化である、と私は思っています。かつての日本は、谷をひとつへだてれば、使われる言葉が違っていました。その地域の生活や文化が、「方言」に息づいていたのです。
『日本方言大辞典』は大岩正仲先生の収集資料をもとにしていますので、先生が亡くなられた72年以降の資料がないのです。ですから、皆さんの中には、「自分の使っている方言が載っていない」という方もいるかもしれません。これは、「新しい方言が生まれ続けている」ということも一方で意味しています。
――方言自体が、どんどん変わっている……。
その通りです。例えば、ジャパンナレッジの「デジタル大辞泉」で「うざい」を検索すると、次のような[補説]が載っています。
〈もとは「不快だ。気味が悪い」という意の、八王子を中心とする東京多摩地区の方言。昭和40年代後半から東京の若者言葉になり、その後全国に広がった〉
つまり、方言が共通語になってしまったというわけです。ほかにも、語尾に付ける「~じゃん」も、方言がもとになっていると言われています。
――一方で、失われていく方言もあります。
特に、2011年の東日本大震災は大きな影響を与えるでしょう。震災によって自分の住んでいた地域が失われ、被災した人たちの多くが各地に散らばりました。これは方言もまた、散らばってしまったということです。いくつかの言葉は、これによって失われてしまうかもしれません。
そういった意味でも、『日本方言大辞典』は貴重です。すでにこの中には、今は使われていない言葉が含まれています。しかし、確かに使われていた言葉だったのです。『日本方言大辞典』は“言葉のカタログ”であると同時に、文化保存の装置の役目も負っているのです。
方言は危機的言語といえるかもしれません。

今日の夜は「だりやみ」?

――方言は危機に瀕している。
とはいえ、方言がなくなってしまうことはないでしょう。きっと皆さんも、標準語と勘違いして使っている言葉があるはずです。
例えば私は千葉県松戸市の育ちなのですが、「後ろ」のことをずっと「うら」と言っていました。社会に出て初めて、それが方言であることに気づきました。『日本方言大辞典』で検索すると、8番目の意味に〈後ろ。また、後方〉という意味が出てきます。
「はぐる」というのもそうで、私は「失敗した」という意味で使っていたのですが、これも方言でした。『日本方言大辞典』で引くと、その意味で用いるのは、茨城県稲敷(いなしき)郡や真壁郡とありましたが、父方は茨城の出。父の影響で身についた言葉でした。で、先日娘と会話したら、娘も「はぐる」を使っていました(笑)。
――方言をどんどん使っていい、ということですね?
テレビをつければ、どこかで関西弁が流れていますからね(笑)。「うざい」や「~じゃん」も加えれば、今や方言だらけなのかもしれません。私も実は、流行らせたい方言があるのですが、それは「きつけ」と「だりやみ」。これ、ぜひ『日本方言大辞典』で検索してほしいですね。どちらも、その項目の最後に掲載されている意味です。
――……「晩酌」ですか?
いい言葉です(笑)。ではこのへんで。今宵も「だりやみ」するとしますか。
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神永 曉(かみなが・さとる) 神永 曉(かみなが・さとる)

1956年千葉県生まれ。小学館出版局プロデューサー。入社以来、37年間ほぼ辞典編集一筋の編集者人生を送っている。担当した主な辞典は『日本国語大辞典 第2版』『現代国語例解辞典』『使い方の分かる類語例解辞典』『標準語引き 日本方言辞典』『美しい日本語の辞典』など。ジャパンナレッジ「日本語、どうでしょう?」の記事を加筆修正してまとめた初めての著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社)が発売中。