ニッポン書物遺産

江戸名所
図会

episode.3
『江戸名所図会』の中の"好きな絵ベスト3"談義に始まり、話は江戸庶民の生活へ――。鈴木章生目白大学教授×お江戸ル堀口茉純のトークバトル3回目。

マグロまではっきりわかる【日本橋魚市】

堀口「先生は『江戸名所図会』の中の絵ではどれが好きですか? この際ですから、"好きな絵ベスト3"を発表しあいましょうよ」

鈴木「困ったなぁ(笑)。なにせ700以上もの絵がありますからね。でも強いて順位をつけるとしたら、1位はやっぱりこの絵。【江戸東南の市街より内海を望む図】(巻之一)です」

堀口「私もそうです!」

鈴木「江戸の町と町人が主役というこの本の意図が込められていますし、何よりこの俯瞰! 安藤(歌川)広重(注1)もこの俯瞰を浮世絵に取り入れようとしましたが、あまりうまくいっていません(笑)」

堀口「じゃあ2位と3位は?」

鈴木「2位は【日本橋魚市】(巻之一)ですね。マグロやサメを売っている人、棒手振(注2)や競りの様子もわかります。この絵だけで、『江戸名所図会』が一級品の風俗資料であることを証明できます。3位は、【金竜山浅草寺】(巻之六)の5枚続きの作品」

堀口「【金竜山浅草寺】は私の2位なんです! 俯瞰の絵ですが、よくみると奥山と呼ばれる本堂の裏手には大道芸人が描かれていたり、芝居小屋があったり。仲見世の様子も見ていて楽しいです」

鈴木「5枚目の絵の左に、菜飯(注3)茶屋や水茶屋が描かれているんですが、皆、田んぼを向いて立っているんですね。つまり田園風景を愛でながら飲食を楽しんでいる。これは当時、江戸という大都会から見ると、浅草寺という場所が信仰ばかりでなく、“自然と関わりを持つ場所”でもあったということなんです」

堀口「浅草寺に行って四季を感じていた?」

鈴木「そうです。寺社の縁日など年中行事も四季と密接に結びついています。こうした行事が、江戸の人にとって四季を感じる瞬間だったんですね。同時に浅草は江戸の郊外にあって周囲は水田の広がる田園風景。『江戸名所図会』の絵を拡大して見るとそれがよくわかる」

【年の市】に女性が描かれない理由

堀口「季節を描いた絵が、本当に多くて楽しいんですが、私の3位は春の絵、【隅田川堤春景】(巻之七)です」

鈴木墨堤(注4)の花見ですね」

堀口「大人の女性から少女まで、皆艶やか。着物好きで、日常でも着物を着ることの多い私にとっては、目が釘付けになります(笑)」

鈴木「どの絵を見ても、何時間でも飽きません(笑)。それが雪旦の絵の力なんでしょう」

堀口「絵の中に生活が描かれているのがいいですよね。でもひとつ気になったのが、浅草の【十二月十八日 年の市(注5)】(巻之六)の絵。正月用品を買い揃える賑わいを描いた絵ですが、女性の姿が少ないんです! どうしてなんですか?」

鈴木「またまた鋭い指摘ですね(笑)。堀口さんが『江戸名所図会』を読み込んでいるのがよくわかります。当時、正月の松飾りや餅つきなどの準備は男性中心でやっていました。お節料理は女性たちが準備しましたが、正月三が日は台所に入らなくても済むようにするためなんです。雑煮は一家の主が朝一番の水を汲んで自ら作るのが古い習わしでした。正月は新しい年を迎えるわけですが、年神を迎える神祭りでもあったので、男性が中心的な役割を果たしたんです。だから、正月の買い出しである年の市は、男性がたいへん多く描かれているんでしょう」

堀口「先生、そういえば【日本橋】(巻之一)も男ばかりですよ?!」

鈴木「当時の日本橋は、商業の中心地。問屋街です。力仕事も多いですからね。やっぱり男が多く登場します。その代わり、【十軒店雛市】(巻之一)とか、堀口さんの好きな【隅田川堤春景】(巻之七)とか、女性が多く描かれた作品も多いですよ」

堀口「それだけ当時の風俗に忠実な絵、ということなのですね」

鈴木「おっしゃる通り。編者の斎藤三代も、絵師の雪旦も、相当、調査していますね。足で歩いた実地の記録といえます。完成に50年近くかかったというのも頷けます」

堀口「当時の江戸の匂いまでわかるような気がします」




  • 注1 安藤(歌川)広重
    江戸時代後期の浮世絵師。天保4年の「東海道五拾三次」で風景画家としての地位を確立。作品に「木曾海道六拾九次」「名所江戸百景」など。
  • 注2 棒手振 (ぼてふり)
    品物をかついだりさげたりして、呼び声をたてて売り歩くこと。また、その人。江戸では、特に魚市場と料理屋の間に介在して、魚の売買をした人をいった。振売り。
  • 注3 菜飯 (なめし)
    青菜を刻み、ごはんに炊き込んだもの。『本朝食鑑』(1695)には「その味甘美にして香よく気をおだやかにし胸を寛げ食気を停滞せしめず」とある。
  • 注4 墨堤
    隅田川の土手。
  • 注5 年の市
    年末に、新年の飾り物・食品・台所用品などを売る市。

鈴木先生、堀口さん、お二人ともベスト1に選んだのは【江戸東南の市街より内海を望む図】 (1巻1冊3丁)。日本橋川の流れを日本橋、江戸橋と見下ろしながら、下町を描いた作品。江戸湾の先には太陽がきらびやかに輝いており、繁華な江戸を見事に象徴している。

鈴木先生のベスト2の【日本橋魚市】(1巻 1冊 14丁)。吉原、歌舞伎と並んで一日に千両落ちるといわれていた。市場だけでなく、左上には川に浮かぶ押送船や水揚げ場が描かれている。右手前の黒い魚がマグロ。その横にはサメが売られている。男たちがいきいきと働いている。

堀口さんの第2位、そして鈴木先生の第3位は【金竜山浅草寺】。5枚続きの大作で、上の絵は鈴木先生おススメの【其五】(6巻16冊6丁)。左には田園風景が広がっている。その横に連なる菜飯茶屋。農民の田起こしを見物している人が見える。

堀口茉純さんがナビゲーターをつとめる「お江戸、いいね!~I Like! EDO」Facebookページで絶賛公開中!

『江戸名所図会』の中の"好きな絵ベスト3"談義に始まり、話は江戸庶民の生活へ――。鈴木章生目白大学教授×お江戸ル堀口茉純のトークバトル3回目。

マグロまではっきりわかる【日本橋魚市】

堀口「先生は『江戸名所図会』の中の絵ではどれが好きですか? この際ですから、"好きな絵ベスト3"を発表しあいましょうよ」

鈴木「困ったなぁ(笑)。なにせ700以上もの絵がありますからね。でも強いて順位をつけるとしたら、1位はやっぱりこの絵。【江戸東南の市街より内海を望む図】(巻之一)です」

堀口「私もそうです!」

鈴木「江戸の町と町人が主役というこの本の意図が込められていますし、何よりこの俯瞰! 安藤(歌川)広重(注1)もこの俯瞰を浮世絵に取り入れようとしましたが、あまりうまくいっていません(笑)」

堀口「じゃあ2位と3位は?」

鈴木「2位は【日本橋魚市】(巻之一)ですね。マグロやサメを売っている人、棒手振(注2)や競りの様子もわかります。この絵だけで、『江戸名所図会』が一級品の風俗資料であることを証明できます。3位は、【金竜山浅草寺】(巻之六)の5枚続きの作品」

堀口「【金竜山浅草寺】は私の2位なんです! 俯瞰の絵ですが、よくみると奥山と呼ばれる本堂の裏手には大道芸人が描かれていたり、芝居小屋があったり。仲見世の様子も見ていて楽しいです」

鈴木「5枚目の絵の左に、菜飯(注3)茶屋や水茶屋が描かれているんですが、皆、田んぼを向いて立っているんですね。つまり田園風景を愛でながら飲食を楽しんでいる。これは当時、江戸という大都会から見ると、浅草寺という場所が信仰ばかりでなく、“自然と関わりを持つ場所”でもあったということなんです」

堀口「浅草寺に行って四季を感じていた?」

鈴木「そうです。寺社の縁日など年中行事も四季と密接に結びついています。こうした行事が、江戸の人にとって四季を感じる瞬間だったんですね。同時に浅草は江戸の郊外にあって周囲は水田の広がる田園風景。『江戸名所図会』の絵を拡大して見るとそれがよくわかる」

【年の市】に女性が描かれない理由

堀口「季節を描いた絵が、本当に多くて楽しいんですが、私の3位は春の絵、【隅田川堤春景】(巻之七)です」

鈴木墨堤(注4)の花見ですね」

堀口「大人の女性から少女まで、皆艶やか。着物好きで、日常でも着物を着ることの多い私にとっては、目が釘付けになります(笑)」

鈴木「どの絵を見ても、何時間でも飽きません(笑)。それが雪旦の絵の力なんでしょう」

堀口「絵の中に生活が描かれているのがいいですよね。でもひとつ気になったのが、浅草の【十二月十八日 年の市(注5)】(巻之六)の絵。正月用品を買い揃える賑わいを描いた絵ですが、女性の姿が少ないんです! どうしてなんですか?」

鈴木「またまた鋭い指摘ですね(笑)。堀口さんが『江戸名所図会』を読み込んでいるのがよくわかります。当時、正月の松飾りや餅つきなどの準備は男性中心でやっていました。お節料理は女性たちが準備しましたが、正月三が日は台所に入らなくても済むようにするためなんです。雑煮は一家の主が朝一番の水を汲んで自ら作るのが古い習わしでした。正月は新しい年を迎えるわけですが、年神を迎える神祭りでもあったので、男性が中心的な役割を果たしたんです。だから、正月の買い出しである年の市は、男性がたいへん多く描かれているんでしょう」

堀口「先生、そういえば【日本橋】(巻之一)も男ばかりですよ?!」

鈴木「当時の日本橋は、商業の中心地。問屋街です。力仕事も多いですからね。やっぱり男が多く登場します。その代わり、【十軒店雛市】(巻之一)とか、堀口さんの好きな【隅田川堤春景】(巻之七)とか、女性が多く描かれた作品も多いですよ」

堀口「それだけ当時の風俗に忠実な絵、ということなのですね」

鈴木「おっしゃる通り。編者の斎藤三代も、絵師の雪旦も、相当、調査していますね。足で歩いた実地の記録といえます。完成に50年近くかかったというのも頷けます」

堀口「当時の江戸の匂いまでわかるような気がします」




  • 注1 安藤(歌川)広重
    江戸時代後期の浮世絵師。天保4年の「東海道五拾三次」で風景画家としての地位を確立。作品に「木曾海道六拾九次」「名所江戸百景」など。
  • 注2 棒手振 (ぼてふり)
    品物をかついだりさげたりして、呼び声をたてて売り歩くこと。また、その人。江戸では、特に魚市場と料理屋の間に介在して、魚の売買をした人をいった。振売り。
  • 注3 菜飯 (なめし)
    青菜を刻み、ごはんに炊き込んだもの。『本朝食鑑』(1695)には「その味甘美にして香よく気をおだやかにし胸を寛げ食気を停滞せしめず」とある。
  • 注4 墨堤
    隅田川の土手。
  • 注5 年の市
    年末に、新年の飾り物・食品・台所用品などを売る市。

鈴木章生(すずき・しょうせい) 鈴木章生(すずき・しょうせい)

1962年愛知県生まれ。89年、立正大学大学院文学研究科卒業。江戸東京博物館勤務を経て、現在、目白大学社会学部地域社会学科・同大学院国際交流研究科教授。専門は日本史。江戸の都市生活や文化を研究。『江戸名所図会』 CD-ROM版(ゆまに書房)の監修を務めた。

堀口茉純(ほりぐち・ますみ) 堀口茉純(ほりぐち・ますみ)

東京都足立区生まれ。明治大学文学部卒業。女優として舞台やテレビドラマに多数出演する一方で、江戸文化歴史検定一級を最年少で取得。以降、お江戸ル(お江戸のアイドル)として、文筆や講演でも活躍。2011年秋には徳川15代将軍をテーマに単行本を出版予定。