ニッポン書物遺産

世界文学
大事典

episode.1
1985年に本格的に編集が開始された『世界文学大事典』。編集方針は、最新最大&地球規模だった。当時のスタッフにお話をうかがう第1回目。

あえて「辞典」ではなく
「事典」と名付ける

吉田「1982年に企画が立ち上がった当時は、4~5年で作るつもりだったそうですね」

阿部「私がアルバイトで立項に参加したのが84~85年ですから、到底間に合いません(笑)」

戸澤「そして87年、私が『世界文学大事典』の編集部に配属され、そこに新入社員として阿部さんが入ってきた」

阿部「アルバイトからずるずると……(笑)。でも初めて担当した書籍が発行されるのに、10年かかるとは思ってもみませんでした」

坂上「当初は集英社創業60周年(86年)企画だったんですよね。それが無理だとわかり、65周年企画に変更。私がこの編集部に来たのが91年。その65周年の年です。最終的には、96年に、70周年記念事業として世の中に出ることになります」

戸澤「『世界文学大事典』の前に、集英社と綜合社のコンビで、『集英社ギャラリー 世界の文学』(全20巻)という全集を手がけたんです。この編集委員が、ラテンアメリカ文学など諸国の文学に造詣が深かった文芸評論家の篠田一士先生、独文学者の川村二郎先生、仏文学者の菅野昭正先生、露文学者の原卓也先生でした。この4先生が中心となって、『世界文学大事典』の企画が練られました」

吉田「ここまで編集作業が難航した理由はなんでしょう?」

戸澤「戦前には中央公論社から『世界文芸大辞典』(04年復刻版刊行)が、戦後には新潮社から『新潮世界文学辞典』(90年増補改訂版刊行)が出されていました。世界の文学辞典が戦前から出されていたというのは日本の誇るべきところですが、やはりギリシャ、ローマに始まる欧米中心のものでした。やるからには、『最新最大』のものをつくろう。欧米中心ではなく『地球規模』でみていこう。これが『世界文学大事典』の編集方針でした。だからこそ、膨大な時間がかかってしまったのです」

吉田「あえて『辞典』とせずに、『事典』にしたと聞きました」

戸澤「これは世界文学の単なる辞書ではなくて、百科事典なんだ。そんな思いから名付けました。実際、作家名や作品名だけでなく、文学用語などの『事項』も3200項目あります」

どんな地域の文学にも
必ず研究者がいた

吉田「先行する2つの辞典を凌駕する。地球規模の事典を作る。どちらも容易ではありません」

戸澤「まず2つの辞典の研究から始めました。今でこそ『世界文芸大辞典』は復刻されていますが、当時は古書店で入手するしかありませんでした。で、手に入れた辞典には、GHQの蔵書印入り。この辞典で日本語を研究したのでしょうか」

坂上「綜合社はこれまで、多くの翻訳物を手がけてきましたので、そうした知識も人脈もありました。それでも執筆者を捜すことができるのか、正直不安でした。実際、執筆いただいたのは1024名の方々。どんな国、地域であっても、必ず日本には研究者がいたのです。そのことに改めて驚きました。これは他国に誇っていい」

阿部「私は国文学の出身なので、編集部に配属された当時は、世界の文学といってもピンと来ていませんでした。しかも担当したのが『諸国』……」

戸澤「おかしな区分ですが、米英仏独露、それにギリシャやローマ、中国を『主要国』と呼んでいました。当然、項目数も執筆者も多い。一方、今まで日本に紹介されていなかったり、説話や民間伝承の古典以外、長らく文学という概念がなく、20世紀中ごろになるまで作品があまり残っていない国などもある。つまり今までの文学辞典があまり取り上げてこなかった国々を『諸国』と区分したのです」

阿部「国や地域の数だけ研究者の数が増えますから、91人いた専門委員の先生の約3分の1は、私の担当だったんです」

坂上「で、付けられたあだ名が『諸国の女王』」

戸澤「今思い出しても、刊行できたのが不思議なほど、編集作業はトラブルの連続でした」



左から『集英社 世界文学大事典』(全6巻)、『集英社 世界文学事典』(全1巻)、『集英社ギャラリー 世界の文学』(全20巻)。

右から、現編集長でデジタル化に尽力した「索引の鬼」こと坂上隆さん。真ん中が、企画から刊行まで同事典を支えた刊行当時の編集長、戸澤忠彦さん。左奥が、入社直後から『世界文学大事典』の編集に関わり、刊行までを見届けた「諸国の女王」こと阿部恵子さん。手前、後ろ向きですが、インタビューの司会進行役となっていただいた現辞典・学術書編集長の吉田正明さん。

1985年に本格的に編集が開始された『世界文学大事典』。編集方針は、最新最大&地球規模だった。当時のスタッフにお話をうかがう第1回目。

あえて「辞典」ではなく
「事典」と名付ける

吉田「1982年に企画が立ち上がった当時は、4~5年で作るつもりだったそうですね」

阿部「私がアルバイトで立項に参加したのが84~85年ですから、到底間に合いません(笑)」

戸澤「そして87年、私が『世界文学大事典』の編集部に配属され、そこに新入社員として阿部さんが入ってきた」

阿部「アルバイトからずるずると……(笑)。でも初めて担当した書籍が発行されるのに、10年かかるとは思ってもみませんでした」

坂上「当初は集英社創業60周年(86年)企画だったんですよね。それが無理だとわかり、65周年企画に変更。私がこの編集部に来たのが91年。その65周年の年です。最終的には、96年に、70周年記念事業として世の中に出ることになります」

戸澤「『世界文学大事典』の前に、集英社と綜合社のコンビで、『集英社ギャラリー 世界の文学』(全20巻)という全集を手がけたんです。この編集委員が、ラテンアメリカ文学など諸国の文学に造詣が深かった文芸評論家の篠田一士先生、独文学者の川村二郎先生、仏文学者の菅野昭正先生、露文学者の原卓也先生でした。この4先生が中心となって、『世界文学大事典』の企画が練られました」

吉田「ここまで編集作業が難航した理由はなんでしょう?」

戸澤「戦前には中央公論社から『世界文芸大辞典』(04年復刻版刊行)が、戦後には新潮社から『新潮世界文学辞典』(90年増補改訂版刊行)が出されていました。世界の文学辞典が戦前から出されていたというのは日本の誇るべきところですが、やはりギリシャ、ローマに始まる欧米中心のものでした。やるからには、『最新最大』のものをつくろう。欧米中心ではなく『地球規模』でみていこう。これが『世界文学大事典』の編集方針でした。だからこそ、膨大な時間がかかってしまったのです」

吉田「あえて『辞典』とせずに、『事典』にしたと聞きました」

戸澤「これは世界文学の単なる辞書ではなくて、百科事典なんだ。そんな思いから名付けました。実際、作家名や作品名だけでなく、文学用語などの『事項』も3200項目あります」

どんな地域の文学にも
必ず研究者がいた

吉田「先行する2つの辞典を凌駕する。地球規模の事典を作る。どちらも容易ではありません」

戸澤「まず2つの辞典の研究から始めました。今でこそ『世界文芸大辞典』は復刻されていますが、当時は古書店で入手するしかありませんでした。で、手に入れた辞典には、GHQの蔵書印入り。この辞典で日本語を研究したのでしょうか」

坂上「綜合社はこれまで、多くの翻訳物を手がけてきましたので、そうした知識も人脈もありました。それでも執筆者を捜すことができるのか、正直不安でした。実際、執筆いただいたのは1024名の方々。どんな国、地域であっても、必ず日本には研究者がいたのです。そのことに改めて驚きました。これは他国に誇っていい」

阿部「私は国文学の出身なので、編集部に配属された当時は、世界の文学といってもピンと来ていませんでした。しかも担当したのが『諸国』……」

戸澤「おかしな区分ですが、米英仏独露、それにギリシャやローマ、中国を『主要国』と呼んでいました。当然、項目数も執筆者も多い。一方、今まで日本に紹介されていなかったり、説話や民間伝承の古典以外、長らく文学という概念がなく、20世紀中ごろになるまで作品があまり残っていない国などもある。つまり今までの文学辞典があまり取り上げてこなかった国々を『諸国』と区分したのです」

阿部「国や地域の数だけ研究者の数が増えますから、91人いた専門委員の先生の約3分の1は、私の担当だったんです」

坂上「で、付けられたあだ名が『諸国の女王』」

戸澤「今思い出しても、刊行できたのが不思議なほど、編集作業はトラブルの連続でした」




戸澤忠彦(とざわ・ただひこ) 戸澤忠彦(とざわ・ただひこ)

1939年生まれ。京都大学文学部卒業。学習研究社、日本リーダーズダイジェスト社を経て、87年、綜合社入社。編集長として、98年1月、『世界文学大事典』全6巻を刊行。引き続き、最新情報知識事典『イミダス』編集長に就任。99年取締役、03年常務取締役、05年顧問に就任。

坂上 隆(さかがみ・たかし) 坂上 隆(さかがみ・たかし)

1948年生まれ。中山書店で医学書の編集に携わった後、91年、綜合社入社。『世界文学大事典』(全6巻)編集に従事。98年完結後、『世界文学事典』(全1巻、02年刊行)、『デジタル版 世界文学大事典』(02年末リリース)、古典の文庫化「ヘリテージシリーズ」(03~07年)を担当。07年取締役に就任。

阿部恵子(あべ・けいこ) 阿部恵子(あべ・けいこ)

早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。1987年、綜合社入社。『世界文学大事典』(全6巻)編集部に配属される。98年1月、同事典の刊行完結に伴い、3月、主任として、最新情報知識事典『イミダス』編集部に異動、02年同『イミダス』編集部副編集長となり、現在に至る。

吉田正明(よしだ・まさあき) 吉田正明(よしだ・まさあき)

1954年生まれ。集英社学芸編集部辞典・学術書編集長。77年、同社に入社。女性誌をはじめ数誌の雑誌編集に携わった後、宣伝、校閲などの各セクションを経て、08年より現職。綜合社のスタッフと共同で、『デジタル版 世界文学大事典』の更新作業ほかに従事している。