ニッポン書物遺産

日本国語
大辞典

episode.1

日国の最大の特徴━━ 用例をひも解く

佐藤「日国の第二版が完結してからも、じつは辞典作りは続いているんです。松井先生にも週二回、小学館にお出でいただいて、用例チェックなどをお願いしています」

松井「日国の最大の特徴は、実際の用例を添えているという点です。辞書には意味が示されていればそれでいい、という人もいますが、用例がなければその言葉の存在の根拠がなくなります。また、用例はその言葉がいつどのように使われていたか、という証拠にもなるんですね。私が現在行なっている作業は、主にこの用例集めと整理です。これをカードにしているのですが、まったく終わりのない作業でして(笑)」

では実際の用例を──試しに「辞典」という語を、ジャパンナレッジの、〈日本国語大辞典〉で検索してみよう。
 いわく《辞書[1]のやや新しい呼び方。明治以降、辞書名に用いられるようになって広まった。》
 さらに用例を見てみると、最も古い例は、
 *日本小辞典〔1878〕〈物集高見編〉序〈近藤真琴〉「文明諸国莫不有辞典」
明治初期に使われていたことがわかる。では「辞書」は?
 *和蘭字彙〔1855~58〕「woordenboek 辞書」(注1)
と江戸末期までさかのぼることができる。さらに見ていくと「辞書」には《辞職するむねを書いて差し出す文書。辞表。じそ。》という意味もあったらしい。
 用例をチェックすると、初出はなんと約1200年前にさかのぼる。
 *続日本後紀‐承和四年〔837〕一二月丁酉「然今進れる辞書非御意として左近衛中将従四位下和気朝臣真綱を差使返給と宣」(注2)
 日国の用例によって、こういうことまでわかってしまうのだ。

祖父の背中、父の背中を見て辞書の世界へ

佐藤「日国スタート元年は1961年ですが、その約70年前、1892年に動き始めた『大日本国語辞典』(注3)のことにふれないわけにはいきません。20万語収録のこの辞典は、国語・国文学の研究者であれば必ず目を通したという辞典の基本です。実は、松井栄一先生のお祖父様、松井簡治先生がほぼ独力で完成された辞典で、日国の前身ともいえるものなんです」

松井「『大日本国語辞典』が完結したのが、1919年。その後も祖父は、父・驥(き)とともに、中辞典や増補改訂版の刊行を企画していたようなんですね。中学生のころだったと思います。父と祖父はいつも、夕食前に晩酌をしながら四方山話をしていたんですね。今思うと、それはたまたま辞典のことが話の中に出てきたのでしょう。なかでも祖父が父に『漢語は泥沼だからね』と語っていたのが妙に耳に残っています。自分が辞典に関わって初めて、その意味を理解できましたが(笑)」

松井さん自身は、東京大学国文科を卒業した後、私立武蔵高校の国語教諭として教鞭をとっていた。そんな折に、『大日本国語辞典』の中辞典を作らないかという話が、版元の冨山房から来る。だが考え方の違いから一旦は頓挫。そこに1961年、小学館から祖父と父の残した「カード」を元に辞書を作らないか、という話が舞い込む。

佐藤「実際は、このカードだけでは済まずに、時代別、分野別に相当量の用例をあらたに採取し、ほとんど一から辞典を作り直すことになるのですが、松井先生のお祖父様、お父様のカードが元になっているのも事実。つまり『日本国語大辞典』は、親子三代にわたる、100余年の作業の結晶ともいえますね」

松井「祖父は、かつて大学に入る前の3年間、英語を学んでいました。外国語に関わったことが、『日本語にもよい辞書が必要だ』という思いに繋がったのでしょう。はからずもその遺志を継ぎ、今、私はこうしているわけです」


  • 注1 和蘭字彙(おらんだじい) 江戸時代に刊行された蘭日辞書。
  • 注2 続日本後記(しょくにほんこうき) 平安前期の歴史書。六国史(りっこくし)の第四。20巻。平安前期の歴史書。
  • 注3 大日本国語辞典 国語辞書。初版4冊。上田万年・松井簡治編。大正4~8年(1915~19)刊。当時の国語辞典で語数においては最大の約22万語を所収。

『日本国語大辞典 第二版』は2000年11月~01年12月刊行。第1巻~13巻までの50万項目100万用例を収める。また、読めない漢字からでも引ける漢字索引、引きたい方言形から当たることができる方言索引、用例の典拠・底本を確認できる出典一覧が載っている別巻もある。
くわしくはこちら
http://japanknowledge.com/contents/
nikkoku/index.html

松井さんによる用例ノート。一字一句逃さず、ていねいに記されている。その言葉がどの書のどのページに記載されているか、典拠がしっかり書かれている。

「『日本国語大辞典』はある先生から変なタイトルと言われたんです。『大日本国語辞典』がもちろん元になってるんですが、そのころ小学館から発売されていた『日本百科大事典』に合わせてもいるんです」(松井)

日国の最大の特徴━━
用例をひも解く

佐藤「日国の第二版が完結してからも、じつは辞典作りは続いているんです。松井先生にも週二回、小学館にお出でいただいて、用例チェックなどをお願いしています」

松井「日国の最大の特徴は、実際の用例を添えているという点です。辞書には意味が示されていればそれでいい、という人もいますが、用例がなければその言葉の存在の根拠がなくなります。また、用例はその言葉がいつどのように使われていたか、という証拠にもなるんですね。私が現在行なっている作業は、主にこの用例集めと整理です。これをカードにしているのですが、まったく終わりのない作業でして(笑)」

では実際の用例を──試しに「辞典」という語を、ジャパンナレッジの、〈日本国語大辞典〉で検索してみよう。
 いわく《辞書[1]のやや新しい呼び方。明治以降、辞書名に用いられるようになって広まった。》
 さらに用例を見てみると、最も古い例は、
 *日本小辞典〔1878〕〈物集高見編〉序〈近藤真琴〉「文明諸国莫不有辞典」
明治初期に使われていたことがわかる。では「辞書」は?
 *和蘭字彙〔1855~58〕「woordenboek 辞書」(注1)
と江戸末期までさかのぼることができる。さらに見ていくと「辞書」には《辞職するむねを書いて差し出す文書。辞表。じそ。》という意味もあったらしい。
 用例をチェックすると、初出はなんと約1200年前にさかのぼる。
 *続日本後紀‐承和四年〔837〕一二月丁酉「然今進れる辞書非御意として左近衛中将従四位下和気朝臣真綱を差使返給と宣」(注2)
 日国の用例によって、こういうことまでわかってしまうのだ。

祖父の背中、父の背中を見て
辞書の世界へ

佐藤「日国スタート元年は1961年ですが、その約70年前、1892年に動き始めた『大日本国語辞典』(注3)のことにふれないわけにはいきません。20万語収録のこの辞典は、国語・国文学の研究者であれば必ず目を通したという辞典の基本です。実は、松井栄一先生のお祖父様、松井簡治先生がほぼ独力で完成された辞典で、日国の前身ともいえるものなんです」

松井「『大日本国語辞典』が完結したのが、1919年。その後も祖父は、父・驥(き)とともに、中辞典や増補改訂版の刊行を企画していたようなんですね。中学生のころだったと思います。父と祖父はいつも、夕食前に晩酌をしながら四方山話をしていたんですね。今思うと、それはたまたま辞典のことが話の中に出てきたのでしょう。なかでも祖父が父に『漢語は泥沼だからね』と語っていたのが妙に耳に残っています。自分が辞典に関わって初めて、その意味を理解できましたが(笑)」

松井さん自身は、東京大学国文科を卒業した後、私立武蔵高校の国語教諭として教鞭をとっていた。そんな折に、『大日本国語辞典』の中辞典を作らないかという話が、版元の冨山房から来る。だが考え方の違いから一旦は頓挫。そこに1961年、小学館から祖父と父の残した「カード」を元に辞書を作らないか、という話が舞い込む。

佐藤「実際は、このカードだけでは済まずに、時代別、分野別に相当量の用例をあらたに採取し、ほとんど一から辞典を作り直すことになるのですが、松井先生のお祖父様、お父様のカードが元になっているのも事実。つまり『日本国語大辞典』は、親子三代にわたる、100余年の作業の結晶ともいえますね」

松井「祖父は、かつて大学に入る前の3年間、英語を学んでいました。外国語に関わったことが、『日本語にもよい辞書が必要だ』という思いに繋がったのでしょう。はからずもその遺志を継ぎ、今、私はこうしているわけです」


  • 注1 和蘭字彙(おらんだじい) 江戸時代に刊行された蘭日辞書。
  • 注2 続日本後記(しょくにほんこうき) 平安前期の歴史書。六国史(りっこくし)の第四。20巻。平安前期の歴史書。
  • 注3 大日本国語辞典 国語辞書。初版4冊。上田万年・松井簡治編。大正4~8年(1915~19)刊。当時の国語辞典で語数においては最大の約22万語を所収。

松井栄一(まつい・しげかず) 松井栄一(まつい・しげかず)

1926年生まれ。国語学者。東京大学文学部国文学科卒。武蔵大学助教授を経て、『日本国語大辞典』を編纂。山梨大学教授、東京成徳大学教授を歴任し、『日国第二版』の編集に専念。著書に『出逢った日本語・50万語─辞書作り三代の軌跡─』『「のっぺら坊」と「てるてる坊主」』(小学館)など。

佐藤 宏(さとう・ひろし) 佐藤 宏(さとう・ひろし)

1953年生まれ。小学館に入社後、尚学図書で高校生向けの国語教科書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日国の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。現在、小学館取締役。