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episode.4
インターネット全盛時代、『日国』は今後、どうなっていくのだろうか。日国をめぐるクロストークは、今回が最終回。辞書の未来に、二人が思いを馳せる。

ネットで変わる日国
変わらない日国

佐藤「日国は、2007年に全13巻をデジタル仕様に整え、現在は、ジャパンナレッジで検索できるようになっています」

松井「オンライン版はね、私が使っても面白いですよ。例えば後方一致検索。これは紙の辞書ではなかなか難しいけれども、ネット上ならば簡単にできてしまいます」

試しに「雨」で後方一致検索をしてみよう。「青時雨」(あおしぐれ)から「わらやの雨」まで、426件もの「~雨」がヒットした。同じ作業を、紙の辞書で行なうのは、ほぼ不可能だろう。

佐藤「ネット上の面白い試みとして、『日国.NET』というサイトを立ち上げて、その中の『日国友の会』コーナーで、用例カードを一般の方々から募っているんです。ここでの新発見も多く、二版で採用した用例よりも時代がさかのぼる例も結構あります」

松井「日国一版を出した際、『コンピュータを縦横に駆使し』という事実とは異なることをもとにして批判されましたが、ようやくここにきて、パソコンのネットを使った新しい辞書作りが始まったのかも知れません」

佐藤「ウィキペディアなどもそうですが、ネット上の辞書の大きな特徴は、その更新スピードにあります。つねに、新しい情報によって書き換えられていく。当初、日国もネット展開する以上、日々更新したらどうか、という意見もありました」

松井「しかし言葉の研究者は、『あの言葉は、この時代の辞書に載っているのか』という確認のために辞書を使うことがある。ですから辞書が更新され続けていくと、その辺がややこしくなります」

佐藤「そうですね。辞書には、パブリックなレファレンス(参照)という側面もあります。同じものを参照し合うからこそ、会話や研究も成り立つ。でもその共通の参照項が不安定だったら、それは成り立ちにくいですよね。共通の教養ベースによる議論の土台作りも辞書の使命の一つだと思います。ネット上の日国二版はこの考えに基づいて、改訂するとしても、時間をかけて定期的に、ということになると思います」

21世紀版最高の辞書作りをめざして

松井「『日国友の会』で、多くの用例が発見されていることからもわかるように、用例探しには決して終わりがないんですね。やればやるほど出てきます。特に、近世。現代語の大もとは、近世にさかのぼる場合が多いのです。夏目漱石などがいい例で、漱石の小説を読むと、当て字かと思うような漢字表記や熟語が数多く登場します(注1)。ところが調べてみると、漱石が使い始めたわけではない。近世の文献に同じような使い方があるんですね。この近世の用例の取り上げかたが、二版ではまだ十分とは言い切れないんです」

佐藤「実際、松井先生には、第三版に向けた作業を継続していただいています」

松井「読書や古本屋めぐりは、私の数少ない趣味の一つですが、結局、『この古本は辞書に使えそうだ』とか『この小説から用例を探してみよう』ということになる(笑)。すっかり、辞書を中心とした人生になってしまいました。日常生活の中でも、『用例探し』から逃れられないんですから(笑)」

佐藤「そういう松井先生の存在があるからこそ、日国の歴史は続いていくのだと思います。次の三版が、どのような形でいつの出版になるかわかりませんが、仮に紙で出すとしたら、オンデマンド版ということになるでしょうね。どんな辞書をみなさんにお届けできるか、私自身も楽しみにしているんです」

松井「私は、辞書作りを通して、言葉の面白さに改めて感じ入りました。これを読んでいるみなさんも、ジャパンナレッジや日国を通して、言葉に興味をもっていただけたら、それが一番嬉しいですね」

祖父・松井簡治さんの『大日本国語辞典』の編纂開始から100年超。最高の日本語辞典作りに向けた取り組みは、21世紀になった今もなお続けられている。
  • 注1 「目出度(めでた)い」「愚図(ぐず)」「野暮(やぼ)」などといった漱石作品に多く見られた当て字は近世の文献にも多く見られる。
次回は11月中旬から『日本歴史地名大系』を予定。

『日本国語大辞典 第二版』のオフィシャルサイト、日国.NET。『日国』の内容、関連図書の紹介はもちろん、日国ファンそして日本語フリークが集う「日国友の会」のページがある。『日国』に掲載されていない項目や用例を募り、編集部がコメントを寄せる。日々、第三版に役立つものが多数生まれている。
http://japanknowledge.com/tomonokai/

『出逢った日本語・50万語―辞書作り三代の軌跡―』(小学館刊)。松井さんが、祖父・簡治、父・驥からの三代にわたる辞書作りについてはもちろん、辞書の成り立ちや楽しみをエッセイ風に綴った本。
くわしくはこちら

著書『「のっぺら坊」と「てるてる坊主」─現代日本語の意外な事実─』(小学館刊)。明治時代から130年あまりの間に日本語がどう変わってきたかを、『日国』で集めた豊富な用例を示しながら紹介。

インターネット全盛時代、『日国』は今後、どうなっていくのだろうか。日国をめぐるクロストークは、今回が最終回。辞書の未来に、二人が思いを馳せる。

ネットで変わる日国
変わらない日国

佐藤「日国は、2007年に全13巻をデジタル仕様に整え、現在は、ジャパンナレッジで検索できるようになっています」

松井「オンライン版はね、私が使っても面白いですよ。例えば後方一致検索。これは紙の辞書ではなかなか難しいけれども、ネット上ならば簡単にできてしまいます」

試しに「雨」で後方一致検索をしてみよう。「青時雨」(あおしぐれ)から「わらやの雨」まで、426件もの「~雨」がヒットした。同じ作業を、紙の辞書で行なうのは、ほぼ不可能だろう。

佐藤「ネット上の面白い試みとして、『日国.NET』というサイトを立ち上げて、その中の『日国友の会』コーナーで、用例カードを一般の方々から募っているんです。ここでの新発見も多く、二版で採用した用例よりも時代がさかのぼる例も結構あります」

松井「日国一版を出した際、『コンピュータを縦横に駆使し』という事実とは異なることをもとにして批判されましたが、ようやくここにきて、パソコンのネットを使った新しい辞書作りが始まったのかも知れません」

佐藤「ウィキペディアなどもそうですが、ネット上の辞書の大きな特徴は、その更新スピードにあります。つねに、新しい情報によって書き換えられていく。当初、日国もネット展開する以上、日々更新したらどうか、という意見もありました」

松井「しかし言葉の研究者は、『あの言葉は、この時代の辞書に載っているのか』という確認のために辞書を使うことがある。ですから辞書が更新され続けていくと、その辺がややこしくなります」

佐藤「そうですね。辞書には、パブリックなレファレンス(参照)という側面もあります。同じものを参照し合うからこそ、会話や研究も成り立つ。でもその共通の参照項が不安定だったら、それは成り立ちにくいですよね。共通の教養ベースによる議論の土台作りも辞書の使命の一つだと思います。ネット上の日国二版はこの考えに基づいて、改訂するとしても、時間をかけて定期的に、ということになると思います」


21世紀版最高の辞書作りをめざして

松井「『日国友の会』で、多くの用例が発見されていることからもわかるように、用例探しには決して終わりがないんですね。やればやるほど出てきます。特に、近世。現代語の大もとは、近世にさかのぼる場合が多いのです。夏目漱石などがいい例で、漱石の小説を読むと、当て字かと思うような漢字表記や熟語が数多く登場します(注1)。ところが調べてみると、漱石が使い始めたわけではない。近世の文献に同じような使い方があるんですね。この近世の用例の取り上げかたが、二版ではまだ十分とは言い切れないんです」

佐藤「実際、松井先生には、第三版に向けた作業を継続していただいています」

松井「読書や古本屋めぐりは、私の数少ない趣味の一つですが、結局、『この古本は辞書に使えそうだ』とか『この小説から用例を探してみよう』ということになる(笑)。すっかり、辞書を中心とした人生になってしまいました。日常生活の中でも、『用例探し』から逃れられないんですから(笑)」

佐藤「そういう松井先生の存在があるからこそ、日国の歴史は続いていくのだと思います。次の三版が、どのような形でいつの出版になるかわかりませんが、仮に紙で出すとしたら、オンデマンド版ということになるでしょうね。どんな辞書をみなさんにお届けできるか、私自身も楽しみにしているんです」

松井「私は、辞書作りを通して、言葉の面白さに改めて感じ入りました。これを読んでいるみなさんも、ジャパンナレッジや日国を通して、言葉に興味をもっていただけたら、それが一番嬉しいですね」

祖父・松井簡治さんの『大日本国語辞典』の編纂開始から100年超。最高の日本語辞典作りに向けた取り組みは、21世紀になった今もなお続けられている。
  • 注1 「目出度(めでた)い」「愚図(ぐず)」「野暮(やぼ)」などといった漱石作品に多く見られた当て字は近世の文献にも多く見られる。
次回は11月中旬から『日本歴史地名大系』を予定。

松井栄一(まつい・しげかず) 松井栄一(まつい・しげかず)

1926年生まれ。国語学者。東京大学文学部国文学科卒。武蔵大学助教授を経て、『日本国語大辞典』を編纂。山梨大学教授、東京成徳大学教授を歴任し、『日国第二版』の編集に専念。著書に『出逢った日本語・50万語─辞書作り三代の軌跡─』『「のっぺら坊」と「てるてる坊主」』(小学館)など。

佐藤 宏(さとう・ひろし) 佐藤 宏(さとう・ひろし)

1953年生まれ。小学館に入社後、尚学図書で高校生向けの国語教科書編集部に移り、『現代国語例解辞典』『現代漢語例解辞典』『色の手帖』『文様の手帖』などを手がける。1990年から日国の改訂作業に専念。『日本国語大辞典第二版』の編集長。現在、小学館取締役。