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episode.6
百科事典の未来とは――。最終回となる第6回目は、『日本大百科全書(ニッポニカ)』の“これから”について、編集長の吉田兼一さんにお話を伺った。

百科全書派に学ぶ



「『ニッポニカ』の担当になった時、実は自分自身の知識教養の少なさを恥じていました。そんな自分が、『ニッポニカ』のこれからを担えるのか。不安になった私は、ジャパンナレッジで百科全書に関する言葉を検索しました。そしてこの記述にたどり着きました」(吉田さん、以下同)

〈……再三の発禁処分にもかかわらず、実に21年間にわたって刊行され完結することができたのは、ディドロ自身のいうように、「各人がばらばらでありながらそれぞれ自分の部門を引き受け、ただ人類への一般的関心と相互的好意の感情によってのみ結ばれた文学者、工芸家の集まり」に支えられていたからである〉(「百科全書派」、ジャパンナレッジ『ニッポニカ』)

 ディドロは、18世紀のフランスの思想家で、ダランベールとともに『百科全書』を編纂、出版した人物だ。彼らが手がけた『百科全書』(本文17巻、図版11巻)はフランス革命直前、1772年に完成する。〈その刊行に協力した啓蒙思想家たち〉を、俗に「百科全書派」と呼ぶ。

「もちろんディドロと、現代の日本で私が置かれた環境は違いますが、この記述には勇気づけられました。〈それぞれ自分の部門を引き受け〉てもらえばいい、と考えることができたのです。編集スタッフにはスペシャリストが揃っていました。彼らの力を結集し、私はただ、専門家と“知りたい人”を繋ぐことに徹すればいいのだ、と」

 吉田さんが、そのことをさらに推し進めるために、今、導入準備をしているのが、文責表示に執筆時期も明記する「タイムスタンプ」だ。

「『ニッポニカ』は、定期的な情報更新・改訂作業をする百科事典です。ところが、利用者が検索した記事が、いったいいつ書かれたものなのかわかりません。せっかく執筆者の名前も入っているのですから、誰が、いつ書いたものなのか、これがわかれば、情報の使い勝手はさらに高まります。近い将来にこの試みを実現すべく、動き出しています」



未来への投資



『ニッポニカ』の大きな節目は、1996年の電子ブック化にあったと吉田さんは言う。

「当時、編集者の間で、デジタルデバイスを作ってやろうという空気があったのだと思いますが、全25巻の『ニッポニカ』を電子ブック化してしまおうという発想は、やはりすごい。明らかに当時の編集者たちは『ニッポニカ』の未来像を描いていました」

 吉田さんら『ニッポニカ』のチームは、現在、ジャパンナレッジの『ニッポニカ』の本文の中に、タグを入れ込む作業を行なっている。

「タグを埋め込むことで、利用者がどう検索したのかなど、詳細にわかるようになります。すぐに何かに直結するわけではありませんが、このことで膨大なデータが蓄積されます。しかるべき未来、AI(人工知能)が、このBIGデータから何か面白いものを分析・発見できるんじゃないかと考えているんです。スタッフには、『未来のための夢のカケラを埋め込もう』と話しています」

 タグは、未来の研究のための投資なのだ。

 吉田さんいわく、遠い未来ではなく、近々の目標は、『ニッポニカ』からの書籍の刊行だ。

「ここ最近では、『現代中国』をテーマに掲げ、【南シナ海問題】や【中国脅威論】などを新規立項しました。その多くは5000字から1万字の読み応えのあるレポートになっています。こうしたテーマを独立させた“ワンテーマ百科”ともいえる書籍をどんどん世に送り出したいと考えています。新書とは違った、新しいタイプの本として親しんでもらえるのではないでしょうか。ほかにも、シニア向けの百科事典、あるいは若者向けのアプリ……と、『ニッポニカ』を使った新しい展開のアイデアは尽きることがありません。恐れず、いろいろなドアを叩いていきたいですね」


吉田編集長は1996年のソニーとの電子ブック化が『ニッポニカ』の大きな節目となったと言う。画像は同年1月1日付の日本経済新聞に掲載された小学館全面広告。

「ニッポニカ」の新しいロゴ。デザイナーはブックデザインや広告など幅広いグラフィックデザインを手がける、鈴木正道さん。書籍版の装丁者、亀倉雄策(東京オリンピックのポスターのデザインなどを手がけた)のデザインを踏襲しながら、日本を象徴する色、赤と白で構成している。

ニッポニカ・ブックス第1弾は、藤田紀昭さん著の『パラリンピックの楽しみ方~ルールから知られざる歴史まで』。障害者スポーツ研究の第一人者が書き下ろしたパラリンピック観戦を最高に楽しむための入門書。
●くわしくはこちら
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388491

ニッポニカ・ブックス第2弾は白井さゆりさん著の『元日銀審議委員だから言える東京五輪後の日本経済』。かつて日本銀行審議委員を務めた著者だからこそ予想できる2020年東京五輪の“宴”の後の日本経済とは。
●くわしくはこちら
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388570

百科事典の未来とは――。最終回となる第6回目は、『日本大百科全書(ニッポニカ)』の“これから”について、編集長の吉田兼一さんにお話を伺った。

百科全書派に学ぶ



「『ニッポニカ』の担当になった時、実は自分自身の知識教養の少なさを恥じていました。そんな自分が、『ニッポニカ』のこれからを担えるのか。不安になった私は、ジャパンナレッジで百科全書に関する言葉を検索しました。そしてこの記述にたどり着きました」(吉田さん、以下同)

〈……再三の発禁処分にもかかわらず、実に21年間にわたって刊行され完結することができたのは、ディドロ自身のいうように、「各人がばらばらでありながらそれぞれ自分の部門を引き受け、ただ人類への一般的関心と相互的好意の感情によってのみ結ばれた文学者、工芸家の集まり」に支えられていたからである〉(「百科全書派」、ジャパンナレッジ『ニッポニカ』)

 ディドロは、18世紀のフランスの思想家で、ダランベールとともに『百科全書』を編纂、出版した人物だ。彼らが手がけた『百科全書』(本文17巻、図版11巻)はフランス革命直前、1772年に完成する。〈その刊行に協力した啓蒙思想家たち〉を、俗に「百科全書派」と呼ぶ。

「もちろんディドロと、現代の日本で私が置かれた環境は違いますが、この記述には勇気づけられました。〈それぞれ自分の部門を引き受け〉てもらえばいい、と考えることができたのです。編集スタッフにはスペシャリストが揃っていました。彼らの力を結集し、私はただ、専門家と“知りたい人”を繋ぐことに徹すればいいのだ、と」

 吉田さんが、そのことをさらに推し進めるために、今、導入準備をしているのが、文責表示に執筆時期も明記する「タイムスタンプ」だ。

「『ニッポニカ』は、定期的な情報更新・改訂作業をする百科事典です。ところが、利用者が検索した記事が、いったいいつ書かれたものなのかわかりません。せっかく執筆者の名前も入っているのですから、誰が、いつ書いたものなのか、これがわかれば、情報の使い勝手はさらに高まります。近い将来にこの試みを実現すべく、動き出しています」



未来への投資



『ニッポニカ』の大きな節目は、1996年の電子ブック化にあったと吉田さんは言う。

「当時、編集者の間で、デジタルデバイスを作ってやろうという空気があったのだと思いますが、全25巻の『ニッポニカ』を電子ブック化してしまおうという発想は、やはりすごい。明らかに当時の編集者たちは『ニッポニカ』の未来像を描いていました」

 吉田さんら『ニッポニカ』のチームは、現在、ジャパンナレッジの『ニッポニカ』の本文の中に、タグを入れ込む作業を行なっている。

「タグを埋め込むことで、利用者がどう検索したのかなど、詳細にわかるようになります。すぐに何かに直結するわけではありませんが、このことで膨大なデータが蓄積されます。しかるべき未来、AI(人工知能)が、このBIGデータから何か面白いものを分析・発見できるんじゃないかと考えているんです。スタッフには、『未来のための夢のカケラを埋め込もう』と話しています」

 タグは、未来の研究のための投資なのだ。

 吉田さんいわく、遠い未来ではなく、近々の目標は、『ニッポニカ』からの書籍の刊行だ。

「ここ最近では、『現代中国』をテーマに掲げ、【南シナ海問題】や【中国脅威論】などを新規立項しました。その多くは5000字から1万字の読み応えのあるレポートになっています。こうしたテーマを独立させた“ワンテーマ百科”ともいえる書籍をどんどん世に送り出したいと考えています。新書とは違った、新しいタイプの本として親しんでもらえるのではないでしょうか。ほかにも、シニア向けの百科事典、あるいは若者向けのアプリ……と、『ニッポニカ』を使った新しい展開のアイデアは尽きることがありません。恐れず、いろいろなドアを叩いていきたいですね」



吉田兼一(よしだ・けんいち) 吉田兼一(よしだ・けんいち)

1963年石川県生まれ。小学館出版局デジタルリファレンス編集長。86年小学館入社後、『女性セブン』に配属。その後、『CanCam』『週刊ポスト』の雑誌編集を担当。文庫編集部、国語辞典編集部を経て、現職。担当した辞事典は『例解学習国語辞典』『小学館百科大事典きっずジャポニカ新版』など。

桑島修一(くわじま・しゅういち) 桑島修一(くわじま・しゅういち)

1956年福島県生まれ。小学館クリエイティブ・データ編集室専任プロデューサー。『ニッポニカ』編集の進行・校正担当。81年校正・校閲会社の三友社(現、小学館クリエイティブ)に入社。『ニッポニカ』は94年刊行の補巻の作成作業より携わっている。




中村英俊(なかむら・ひでとし) 中村英俊(なかむら・ひでとし)

1960年福島県生まれ。『ニッポニカ』メディア(写真・図版)担当。83年の書籍版『日本大百科全書(ニッポニカ)』の始動と同時に、当時所属していた編集プロダクションで「科学技術・工学関係」の写真・図版担当として百科事典編集に携わる。一時、小学館の仕事を離れるが、98年のCD-ROM化にあたり、フリーランスとして編集チームに復帰、現在に至る。