日本大百科全書(ニッポニカ)のサンプルページ一覧

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宝物集(日本大百科全書・世界大百科事典)
鎌倉初期の仏教説話集。平康頼作説が有力。一巻本、二巻本、三巻本、七巻本の各系統に分かれるが、一巻本は1179年(治承3)ごろ、それを増補・改編したと思われる七巻本は1183年(寿永2)ごろの成立かと推定される。京都の嵯峨清凉寺の通夜のおりの座談の聞き書きという形をとっており
とりかへばや物語(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
平安末期の物語。作者不明。「古(こ)とりかへばや」と、それを改作した「今(いま)とりかへばや」とがあり、前者は散逸して、女性の手になるらしい後者だけが伝わっている。さる権大納言(ごんだいなごん)の異腹の息子と娘とが主人公で、とくに娘が中心となって物語
千載和歌集(日本大百科全書・世界大百科事典)
第7番目の勅撰和歌集。藤原俊成撰。平氏都落ち直前の1183年(寿永2)2月に後白河院の下命があり、源平戦乱終息後の1187年(文治3)に形式的奏覧、翌年俊成75歳のおりに完成した。前勅撰集の『詞花集』に対しては歌壇に強い批判があり、その気運のなかから『拾遺古今』『後葉集』などの
旋頭歌(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
頭(こうべ)を旋(めぐ)らす歌、あるいは、頭に旋る歌、の意か。五七七、五七七の六句形式の歌の称。「新治筑波(にいはりつくは)を過ぎて幾夜(いくよ)か寝つる」(倭建命(やまとたけるのみこと))「かがなべて夜(よ)には九夜(ここのよ)日には十日を」(御火
日本往生極楽記(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安中期の往生伝。一巻。慶滋保胤著。初稿本の成立は983年(永観1)~986年(寛和2)。のちに兼明親王に加筆を委嘱したが、987年(永延1)親王が薨じたため、著者がふたたび筆をとり完成させた。日本における最初の往生伝で、聖徳太子、行基
往生要集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安中期の仏教書。天台宗の僧源信(恵心僧都)の著。43歳の984年(永観2)11月から書き始め、翌年4月に完成したもので、3巻10章からなる。濁世末代の人にとって極楽に往生する道を示す教えこそもっともふさわしいものであるという信念から、そのために必要な念仏について経典や論疏
将門記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典・日本古典文学全集)
平安時代の軍記物。修飾の多い和風漢文体。「まさかどき」ともいわれるが、古くは「将門合戦章(状)」などとよばれた。巻頭部を欠く「真福寺本」、稿本の概をみせるといわれるが零本の「片倉本(楊守敬旧蔵本)」のほか数種の抄本が伝えられている。物語の主人公平将門の系譜から
土佐日記(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
紀貫之作。『土左日記』とも書く。土佐守の任満ちた貫之が、934年(承平4)12月21日に任地をたち、翌年2月16日に帰京するまでの55日間の海路の旅をもとにした日記体の紀行文。帰京後まもなくに成立か。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。」といい
性霊集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典・日本国語大辞典)
平安初期の漢詩文集。正しくは『遍照発揮性霊集』。10巻。空海作。弟子の真済が編纂したもので、当初10巻であったが、巻8以下の3巻が散逸し、1079年(承暦3)に済暹が逸文を拾集して『続性霊集補闕鈔』3巻を編み、ふたたび10巻に編纂した
経国集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安時代初期の漢詩文集。二十巻。書名は魏の文帝の『典論』にある「文章経国之大業、不朽之盛事」に基づく。淳和天皇の勅命を受けて良峯安世が主宰となり、南淵弘貞・菅原清公・安野文継・安部吉人らが編纂したもので、『凌雲集』『文華秀麗集』に次ぐ第三の勅撰集であ
文華秀麗集(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
平安時代初期の漢詩集。三巻。藤原冬嗣が菅原清公・仲雄王・勇山文継・滋野貞主らとともに撰集した勅撰集で、弘仁九年(八一八)に成る。『凌雲集』の成立後四年間に多くの詩が生まれたので、嵯峨天皇の叡慮により前集に漏れた詩と新しい詩を部門別に類聚した。作者は天
新撰姓氏録(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典)
815年(弘仁6)に編纂された古代氏族の系譜書。本書の編纂は799年(延暦18)、諸国に本系帳の撰上を命じたことに始まる。814年に至り万多親王、藤原園人、同緒嗣らによって完成されたが、さらに源朝臣の条などを追加し、不備な点を補って翌年に
懐風藻(日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典・国史大辞典・日本国語大辞典・全文全訳古語辞典)
書名奈良時代の漢詩集。編者未詳。一巻。七五一年(天平勝宝三)成立。わが国最古の漢詩集。近江(おうみ)朝以降八〇年余にわたる、天皇以下六四人の作品一二〇編を収録。中国六朝(りくちょう)詩の影響が強い
歌経標式(日本大百科全書(ニッポニカ))
奈良時代の歌学書。藤原浜成(はまなり)著。序、跋(ばつ)によれば、772年(宝亀3)5月勅命により成立。偽作説もあったが、真作と認めうる。最古の歌学書で、とくに歌病(かへい)論は平安時代以降、変化しつつも大きな影響を残した。序によれば書名は『歌式(かしき)』。
牛祭(日本大百科全書(ニッポニカ))
京都市右京区太秦(うずまさ)の広隆寺境内にある大避(おおさけ)神社の奇祭。10月(もとは旧暦9月)12日夜、神灯、囃子方(はやしかた)、松明(たいまつ)を先頭に、特異な面をつけた摩多羅神(またらじん)(インド伝来の神)が牛に乗って四天王(白装束の赤鬼、青鬼)
神嘗祭(日本大百科全書・国史大辞典・世界大百科事典・日本国語大辞典)
「しんじょうさい」「かんにえのまつり」ともいう。毎年10月15~17日に行われる、伊勢(いせ)神宮の年中行事きっての大祭。天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天上の高天原(たかまがはら)において、新嘗を食したとの神話に由来し、その年に収穫した新穀を由貴(ゆき)
大宝律令(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
日本古代の法典。唐の永徽律令(えいきりつれい)(651)、永徽律疏(りつそ)(653)を藍本(らんぽん)とする。文武(もんむ)天皇の即位(697)前後から、浄御原令(きよみはらりょう)および天武(てんむ)天皇の時代から編纂(へんさん)が進められていた
冠位十二階(世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典)
シャビエル(フランシスコ・ザビエル)(国史大辞典・日本大百科全書・改訂新版 世界大百科事典)
日本大百科全書(ニッポニカ)ザビエルざびえるFranciscoXavier [1506―1552]キリスト教宣教師。「東洋の使徒」とよばれる。イエズス会創立期の司祭で、東洋に派遣され、日本に初めてキリシタン宗門を伝えた。1506年4月7日、
日本二十六聖人(日本大百科全書(ニッポニカ))
1597年2月5日(慶長元年12月19日)に長崎で豊臣秀吉の命令によって処刑されたカトリックの司祭、修道士、信徒。秀吉は1587年(天正15)に宣教師の国外追放を命じたが、イエズス会員は秀吉の感情を害さぬように慎重に行動したので、事態は穏便に経過していた。
今川氏真(国史大辞典・日本人名大辞典・日本大百科全書)
今川氏真いまがわうじざね[1538―1614]戦国大名。今川義元(よしもと)と、武田信虎(のぶとら)の女(むすめ)との間に生まれた。幼名五郎。上総介(かずさのすけ)。1560年(永禄3)、桶狭間(おけはざま)における父義元
日本霊異記(日本古典文学全集・世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典・全文全訳古語辞典・日本国語大辞典)
平安初期の仏教説話集。正しくは『日本国現報善悪霊異記』。「にほんれいいき」とも読む。三巻。薬師寺の僧景戒(きょうかい)著。822年(弘仁13)ごろ成立。雄略(ゆうりゃく)天皇から嵯峨(さが)天皇までの説話116条を上・中・下三巻に分かち、年代順に
平中物語(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典・日本古典文学全集)
平安時代の歌物語。作者不明。『貞文日記』『平中日記』ともいい、『平仲物語』とも書く。成立は『後撰集』と相前後し、950年(天暦4)ごろであろう。内容は平貞文(?―923)を主人公とする歌物語で、39段よりなり、短歌150首、長歌一首、連歌二首を含む。平貞文は右近中将平好風
湯屋(日本大百科全書(ニッポニカ))
もと寺院には浴堂というものがあり、そのほかに大衆用の潔斎浴場として別に設けた建物があって、これを大湯屋と称した。沐浴には、湯気で身体を蒸す蒸し風呂形式と、温湯に身体を浸す行水形式があった。寺院では僧尼の潔斎のため、釜湯を別の湯槽に入れて行水することも早くから行われたが
カストロ(日本大百科全書(ニッポニカ))
革命キューバの最高指導者で、ラテンアメリカが生んだもっとも傑出した革命家、政治家の一人。オリエンテ州北部のビランの近郊で生まれる。父親はスペインのガリシアからの移民で、砂糖と木材で成功した比較的富裕な砂糖農園主。幼少から恵まれた環境で育ち、イエズス会派の学校で初等・中等教育を受けたのち
本能寺の変(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
1582年(天正10)6月2日、明智光秀(あけちみつひで)が京都本能寺に主君織田信長を襲って自殺させた事件。この年3月、甲斐(かい)(山梨県)の武田氏を滅ぼした信長は、帰国後、安土(あづち)など本拠地の経営を固めたり、徳川家康を招いたりした。そのあと
昭和の日(日本大百科全書(ニッポニカ))
国民の祝日で、4月29日。「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」ことを趣旨に制定された。もとは昭和天皇誕生日で、昭和天皇崩御後は、植物に造詣(ぞうけい)の深かった天皇にちなみ
建国記念の日(日本大百科全書(ニッポニカ))
2月11日。「建国をしのび、国を愛する心を養う」趣旨の国民の祝日。この日は旧紀元節で、講和条約発効後根強い復活の動きがあり、激論のなか日取り未定のまま、1966年(昭和41)国民の祝日に追加された。
勤労感謝の日(日本大百科全書・日本国語大辞典)
11月23日。「勤労をたつとび、生産を祝い、国民がたがいに感謝しあう」国民の祝日。1948年(昭和23)制定された。その前は国の祭日で、天皇が新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、自らも食する新嘗祭(にいなめさい)という祭事の日であった
文化の日(日本大百科全書・日本国語大辞典)
11月3日。「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことが趣旨の国民の祝日。1948年(昭和23)制定。46年のこの日公布された新憲法の精神に基づき、平和と文化が強調されているが、この日を祝日としたのは、47年まで四大節の一つの明治節(明治天皇の誕生日)だったためもある。
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