新編 日本古典文学全集のサンプルページ一覧
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方丈記(国史大辞典・世界大百科事典・日本古典文学全集)
【現代語訳】〔一〕 川は涸れることなく、いつも流れている。そのくせ、水はもとの水ではない。よどんだ所に浮ぶ水の泡も、あちらで消えたかと思うと、こちらにできていたりして、けっしていつまでもそのままではいない。世間の人を見、その住居を見ても、やはり

保元物語(国史大辞典・世界大百科事典・日本古典文学全集)
後白河院御即位の事 ついこのごろ、御名を鳥羽禅定法皇と申しあげる帝皇がいらした。天照大神より数えて四十六世、神武天皇このかた七十四代に当りなさる帝である。堀河天皇の第一皇子で、御母は、贈皇太后宮、閑院大納言実季卿の御娘である

仁徳天皇(世界大百科事典・日本架空伝承人名事典・日本古典文学全集)
新編日本古典文学全集仁徳天皇(古事記)【閲覧画面サンプル】【上記の拡大画像】【現代語訳】仁徳天皇〔一〕大雀命は、難波の高津宮にいらっしゃって、天下を治めた。この天皇が、葛城之曾都毘古の娘、石之日売命〔皇后〕を娶って、生んだ御子は、大江之伊耶本和気命。

和漢朗詠集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本古典文学全集)

栄花物語(栄華物語)(国史大辞典・世界大百科事典・日本古典文学全集)
〔一〕神々の世ならぬ人の世が始まってからこのかた、この国の帝は六十余代におなりあそばしたけれど、その間の推移の一部始終を書き尽すことはとてもできるものではないから、ここでは当今に近い時世についてのみしるすことにしよう。〔二〕この世を治ろしめして

浜松中納言物語(世界大百科事典・日本古典文学全集)
〔一〕 亡父に孝養を尽くす志が深く、深く思い立ってしまった旅路だからであろうか、恐ろしくて遙かに遠いと思いを走らせていた海上の旅であるが、荒い波風にも遭わないで、思う通りの風が特別に吹いて船を送る感じがして、中納言は唐土の温嶺という所に、七月上旬の

夜の寝覚(夜半の寝覚)(世界大百科事典・日本古典文学全集)
男と女の間のさまざまなかかわりを、これまでずいぶん見聞きしてきてはいるが、何といっても、この寝覚めのお二人の場合ほど、深い縁で結ばれながら、悩みの限りを尽すといった例は、めったにあるものではなかった

陸奥話記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典・日本古典文学全集)
〔一〕 奥六郡を束ねる俘囚の司に、安倍頼良という者がいた。これは安倍忠良の嫡子である。その祖父忠頼は東国辺境に住む蝦夷の首領であった。その武勇の名声は六郡に聞こえて、いずれの部族もどの集落も皆付き従った。かくして奥六郡を意のままに横行し

狭衣物語(世界大百科事典・日本古典文学全集)
青春のようにはかなく過ぎる春はどれほど惜しんでも留ることのないものなので、三月も半ばが過ぎてしまった。お庭先の木々が、どれということなく一面に青々と茂っている中で、池の中島の藤は

讃岐典侍日記(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
〔一〕五月の空も、わたしの心に似て、雲に閉ざされ、雨が降り続いて、田植えに濡れた農夫の着物の裾も、わたしの衣の袖のように、干すことができずに困っているであろうが、それももっともなことと思われ、ただでさえうっとうしい折しも、何かと気を遣うことのない自宅

大鏡(世界大百科事典・日本古典文学全集)
新編日本古典文学全集大鏡ひらがな【閲覧画面サンプル】【上記の拡大画像】【現代語訳】天の巻〈序―歴史語りの場〉〔一〕さきごろ、私(物語の語り手)が雲林院の菩提講に参詣しておりましたところ、ふつうの老人より格段に年が寄り、異様な感じのする老人二人・老女一

和泉式部日記(日本古典文学全集・世界大百科事典・国史大辞典)
【現代語訳】〔一〕夢よりもはかない人の世、亡き宮様とのことを、嘆きわずらいながら、夜を明かし日を暮しているうちに、四月十日すぎにもなったので、木々の葉陰の闇がしだいに濃くなってゆく。築地の上の草が青々としているのも、他人はことさら目もくれないけれど

落窪物語(日本古典文学全集・世界大百科事典・国史大辞典)
〔一〕今は昔のこと、中納言である人で、姫君を大勢持っていらっしゃった方がおられた。長女や次女の君には婿を迎えて、それぞれ西の対、東の対に派手に住まわせ申しあげなさって、「三女、四女の君には裳着の式をして差し上げよう」と、大事にお世話なさる

うつほ物語(宇津保物語)(日本古典文学全集・世界大百科事典・国史大辞典)
平安時代の物語。題名は首巻の「俊蔭」の巻で、主人公の仲忠が母と杉の洞穴で生活したことによる。従来「宇津保」と書かれていたが、変体仮名の原漢字を用いたもので、題意からは「うつほ(ウツオ)」がよい。成立時代は円融朝(969~984)~

蜻蛉日記(世界大百科事典・日本古典文学全集)
過去半生の時間がこんなにもむなしく過ぎて、まことに頼りなく、どっちつかずのありさまで暮している女があった。容貌といっても人並でもなし、思慮分別もあるわけでなし、こんな役立たずの状態でいるのも当然だと思いながら

将門記(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典・日本古典文学全集)
〔一〕 さて、聞くところによると、かの将門は「天国押撥御宇」の称号を持つ桓武天皇五代の末裔であり、三世高望王の孫である。そして、父は陸奥国の鎮守府将軍平朝臣良持である。従って、良持の兄、下総国の介平良兼朝臣は将門の伯父に当たるが、延長九年以来

井原西鶴集(日本古典文学全集・世界大百科事典)
けした所が恋のはじまり。桜もすぐ散ってしまって嘆きの種だし、月も限りがあって山の端にはいってしまう。そんなはかない眺めよりもと、限りのない、女色・男色の二道に打ち込んで、夢介と替名を呼ばれる太尽は、その名も月の入佐山という歌名所のある但馬国生野銀山のあたりから、

日本霊異記(日本古典文学全集・世界大百科事典・日本大百科全書・国史大辞典・全文全訳古語辞典・日本国語大辞典)
仏教説話集。日本の説話文学集の始祖的作品。〈にほんれいいき〉とも呼び,正式書名は《日本国現報善悪霊異記》,通称《日本霊異記》,略して《霊異記》ともいう。奈良薬師寺の僧景戒/撰述。成立は最終年紀の822年(弘仁13)以後まもないころ

古今和歌集(日本古典文学全集・世界大百科事典・日本国語大辞典)
醍醐天皇の詔により撰ばれた最初の勅撰和歌集。略称は《古今集》。20巻。古今とは〈いにしえ〉〈いま〉の歌の集の意と,後世の人々が,和歌が勅撰された延喜の時代をいにしえの和歌の聖代と仰ぎ見るであろう,の意を兼ねる。流布本では巻首に仮名序,巻尾に真名序を付し,歌数は1111首

竹取物語(日本古典文学全集・世界大百科事典・国史大辞典)
平安時代の物語。一巻。『源氏物語』には「かぐや姫の物語」(「蓬生」)、「竹取の翁」(「絵合」)とあり、「竹取翁物語」と題した写本もある。成立時期・作者ともに未詳であるが、およそ10世紀前半、貞観(859~877)から延喜(901~923)までの間に、男性知識人によってつくられたと考えられている。

平中物語(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典・日本古典文学全集)
一今ではもう昔のことになったが、男が二人して女一人に言い寄ったのだった。先から言い寄っていた男は官職が上で、当時の帝のお側近くお仕え申し、後から求婚した男は、同じ帝の御母皇太后のお血筋で、官職は初めの男より下であった。けれども、どう思ったのか

常陸国風土記(国史大辞典・日本古典文学全集)
常陸国風土記ひたちのくにふどき【現代語訳】〔一〕常陸の国の司の報告書。古老が口から口へ伝えている古い伝承を申す事。国や郡のむかしの事を問うたところ、古老が答えて言ったことは、以下のとおりである

風土記(世界大百科事典・日本古典文学全集)

大和物語(日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典・日本国語大辞典・全文全訳古語辞典・日本古典文学全集)
亭子の帝が、いよいよご譲位なさろうとするそのころ、弘徽殿の壁に伊勢の御が書きつけた歌に、わかるれど……(私はここを別れていくのですが、いっこう名残を惜しんでもくれないこの無心の宮中を、これから見ることがなくなるということが、どうしてこんなに悲しく思われるのでしょうか)

聖武天皇始造元興寺語第十五(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
所はかわったが寺名を山階寺というのである。また興福寺(こうぶくじ)というのはこの寺のことであるということだ。十五 今は昔、元明天皇(げんみようてんのう)が奈良の都飛鳥(あすか)の郷(さと)に元興寺(がんごうじ)を建立なさった。堂や塔をお建てになり、金堂(こんどう)には□丈の弥勒菩薩(みろくぼさつ)の像を安置(あんじ)なさる。

聖武天皇始造東大寺語第十三(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
の御もとに届けられた。その時はじめて、あの香水をとって持ってきた僧は、「和尚が香水をまかれたのはこのことだったのだ」と気がつき驚いて、他の僧たちにこの話をして和尚を尊んだのであった。「ここにおいでになりながら、宋のことが暗(そら)におわかりになるとは、和尚さまはまことに仏の化身でいらっしゃるにちがいない」と言って

鑑真和尚従震旦渡朝戒律語第八(今昔物語)(新編 日本古典文学全集)
途中、一人の老翁に出会った。その翁が菩提に、「文殊は日本国の衆生(しゆじよう)を済度(さいど)するために、その国に誕生なさいましたよ」と告げた。菩提はこれをお聞きになり、素志(そし)を遂げようと思い、この国に渡来なさったのである。その文殊がこの国に誕生されたというのは、行基菩薩その方である。

蓬生(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏謫居(たつきよ)の間、人々ひそかに嘆き悲しむ〔一〕 源氏の君が、須磨の浦で「藻塩(もしお)たれつつ」悲境に沈んでいらっしゃったころ、都でも、さまざまに嘆き悲しんでおられる人が多かったが、それにしても、ご自分の身に頼りどころのある方々は、ただ君を恋い慕うという点では堪えがたそうな有様であったが――二条院の紫の上などもお暮しにご不自由がないので

須磨(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、須磨に退去を決意 人々との別れ〔一〕 世の中の形勢が、源氏の君にとってまことにわずらわしく、居心地のわるいことばかり多くなってゆくので、自分としては、しいて素知らぬ顔でやり過していても、あるいはこれ以上に恐ろしい事態になるかもしれない、という思いになられた。 あの須磨は、昔こそ人の住いなどもあったのだったが、今はまったく人里離れてもの寂しく

花散里(源氏物語)(新編 日本古典文学全集)
〔一〕源氏、五月雨の晴れ間に花散里を訪れる〔一〕 人に知られぬ、我から求めての御物思わしさは、いつと限らぬことのようであるけれど、このように世間一般の動きにつけてまで厄介で、お心を労されることばかり増してゆくので、源氏の君はなんとなく心細く、世の中のすべてを厭(いと)わしく思わずにはいらっしゃれなくなるが、いざそれではとなるとさすがに振り捨てかねる絆(きずな)も多いのである。