日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第167回
「全然似合いますよ」は気持ちが悪い?

 朝日新聞にbeという土曜発行の別刷り版がある。その紙面に、読者が選んだ「気持ちの悪い日本語」のランキングというのが載り(2013年6月1日付)、第2位に「全然似合いますよ」がランクインしていた(第1位は「1000円からお預かりします」)。
 be紙では、読者が気持ち悪いと感じたこの「全然似合いますよ」の「全然」を、『「全然」の肯定形で、かなり一般化した言い方。服装を気にする相手にこう言うなら、「まったく問題がなく」の意味がこもる』。だから、誤りとは言えないと説明していた。
 第74回の「全然大丈夫」は全然大丈夫であるでも書いたのだが、「全然」は必ず否定形を伴って使わなければならないという根拠は、歴史的に見ればまったく存在しない。詳細はそちらをお読みいただきたいのだが、「全然」は元来はすべてにわたって、残らずといった意味で、肯定、否定どちらの表現でも使われていたのである。だから、「全然似合いますよ」はそういった意味では、記事の内容通り決して間違いだとは言えない。にもかかわらず、この「全然似合いますよ」には違和感というか引っかかるものがあるのである。
 というのは、「全然似合いますよ」の「全然」は、記事にあるように「まったく問題がなく」という意味なのか、いささか疑問だからである。筆者には「ひじょうに」「とても」といった程度の強調の意味のように思えるのだ。そもそも服装を気にしていたり、自分に似合っているかどうか悩んでいたりする人に、「“まったく問題がなく”似合っている」という消極的な言い方をするであろうか。「“とても”似合っている」というプラスのことを相手に伝えようとするのではなかろうか。
 「まったく問題がなく」の意味の「全然」も、新しい言い方で、最近増えてきていることは確かである。「この程度の痛みなんか全然平気だ」などと言った場合である。だが、これは否定的な状況や懸念を覆す意味で、程度を強調する「全然」とは意味が異なるためか筆者には抵抗感はあまりない。
 第74回でも書いたのだが、「全然」にとって問題なのは、後に続くのが否定か肯定かということではなく、「全然おいしい」「全然きれい」「全然えらい」のような、新たに生まれた程度を強調する 「とても」の意味の「全然」をどう考えるかということである。 
 やがてはこの「とても」の意味の「全然」も市民権を得ていくのかもしれない。だが、筆者はまだその意味には違和感がある。「全然似合いますよ」も以上のような理由から、“気持ちが悪い”と感じるのである。
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