日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第505回
「お見知り遠足」

 「お見知り遠足」という語があるらしい。熊本周辺で使われている語だと、NHK熊本局のアナウンサーから教えてもらった。
 私にとっては初めて聞く語だったので、調べてみると、主に熊本の他、大分、福岡などの学校、幼稚園、保育園で使われているらしいということがわかった。
 さらに文献での使用例を探してみると、多くはないが見つかる。それらをすべて確認したわけではないが、筆者は九州の人が多いように見受けられる。
 それにしても、なぜ九州のこれらの地域限定で、「お見知り遠足」という語が使われるようになったのだろうか。学校、幼稚園、保育園で使われていることから考えると、方言研究者が言う「学校方言」の一種なのかもしれない。「学校方言」とは、学校生活と関係の深いことばで、限られた地域の学校社会で通用する表現のことである。たとえば、通学区域のことを、主に東日本では「学区(がっく)」、西日本では「校区(こうく)」、北海道の一部や北陸などではで「校下(こうか)」と言うが、これも「学校方言」である。
 「見知り」は「どうかお見知りおきください」などと言うときの「見知る」と同じだろう。初対面の者同士が顔見知りになるという意味に違いない。「見知る」には、見て知る、見てわかる、よく知っている、という意味の他に、面識がある、交際してよく知る、という意味もある。
 これが、「遠足」と結びついたのはなぜなのだろうか。あくまでも推測の域を出ないのだが、九州地方で「見知り」という方言があったからかもしれない。
 「見知り」は、『日本方言大辞典』(小学館)によると、鹿児島県肝属(きもつき)郡では「よそから来た者が村の仲間入りをすること」という意味で使われていた。
 また、熊本県玉名(たまな)郡では、「よそから来た者が村入りするために出す酒肴料(しゅこうりょう)。また、村や青年会などの共同作業に参加しなかった者に課す過怠金」を言ったようだ。
 「見知り祝」という語もある。「他村から嫁入りした者が村への仲間入りのためにする挨拶」だという。鹿児島県肝属郡で使われている。
 「見知りじゃ」という語は、「見知り合いの宴」のことだそうだが、この「じゃ」が何なのかわからない。福岡市で使われていたようだ。このような「見知り」の意味、風習が、「遠足」と結びついて残っているのかもしれない。
 ところで、これらの地域以外では、「お見知り遠足」的な遠足をふつうなんと呼んでいるのだろうか。千葉県出身の私の記憶では、そのような特別の意味をもった遠足はなかった気がする。小学6年生の最後の遠足をいう、「お別れ遠足」はあったが。
 ちなみに、主に大分県らしいが「努力遠足」というのもあるらしい。バスなどの乗り物を使わずに、歩いて目的地に行く遠足のことらしい。おそらくこれも、大分限定の学校方言なのだろう。「徒歩遠足」ではなく「努力」としたのは、遠足はただの物見遊山ではないという何か教育的な理念があるのかもしれない。

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