若い人に何かを頼んだとき、「かしこまりました」と返事をされることがあるのだけれどどう思うか、という質問を受けた。その人が勤めている会社の新人も、しばしばそのように答えることがあるらしく、気になったらしい。言われてみれば、私もそのようなメールを受け取ったことがある。そのときは、なんだか商売人か執事のようだなと思ったくらいで、大して気にもとめなかったのだが。
 質問を受けてからインターネットで調べてみると、この言い方を変だと思っている人がけっこういることがわかった。変だというのは、語自体がおかしいということではなく、使われ方や使う場としてどうかということのようである。
 ことばのマナーについて、辞書編集者の私があれこれ述べることではないが、いい機会なので、「かしこまりました」という語について少し考えてみた。
 そもそも、「かしこまりました」とはどういう表現なのだろうか。
 「かしこまる」は、『日本国語大辞典(日国)』によれば、「相手の威厳に押されたり、自分に弱点があったりして、おそれ入る。おそれつつしむ」という意味で、これが「つつしんで命令を受ける。つつしんで承諾するの気持を表わす」という意味に派生していったようである。
 では、「かしこまりました」はどうかというと、『日国』では「(つつしんで言いつけをお受けする意から)相手を高めて、「承知した」「わかった」という意を、ていねいに表わす挨拶のことば」と説明されている。
 そして、江戸時代の例を3例、近代例を1例引用している。これらの例について詳しく述べる余裕はないが、江戸の3例は、咄本『百登瓢覃』(1701年)、滑稽本『東海道中膝栗毛』(1802~09年)、人情本『春色恵の花』(1836年)からのもので、いずれも商売人や配下の者が謹んで言いつけをお受けするという意味で使っている例である。
 近代例は、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905~06)からのものである。

 「『君から今一応本人の性行学才等をよく聞いて貰ひたいて』『かしこまりました』」(四)

引用文の中で「かしこまりました」と言っているのは、吾輩(猫)の飼い主である苦沙弥先生の学生時代の同級生、鈴木である。鈴木は先生の近所に住む金田という実業家の腰巾着のようになっていて、金田から先生の「性行学才」を探るように言われて、そのように返事をしたのである。金田は自分の娘と苦沙弥先生の弟子の水島寒月とを結婚させたいと思っていたのだが、先生は金田を毛嫌いしていたため、反対していたのである。このような人間関係を考えると、鈴木が使った「かしこまりました」は、やや卑屈な感じがしないでもない。
 『日国』で引用している用例がすべてだとは言わないが、「かしこまりました」はどうしても、商売人や、使用人が使うことばだという印象を受けてしまうのではないだろうか。
 2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉の小説『謎解きはディナーのあとで』でも、主人公のお嬢様刑事に何か言われて「かしこまりました」と答えるのは、景山という執事だった。
 目上やお客などに「かしこまりました」を使って悪いということはないが、通常はそこまでへりくだらずに、「了解しました」「承知しました」「承りました」を使えばいいのではないかと思うのである。

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 タイトルにある、「まげな」の意味がすぐにわかったというかたはいるだろうか。実は、私はすぐにはわからなかった。仕事で出かけた島根県邑南町で、お昼に食べたお弁当に添えられた紙に、以下のように書かれていたのである。

 「梅雨の晴れ間にジャガイモを掘ってみました。まげなのがゴロゴロ出てきたので、粉吹きいもにしてみました」

 「ま」はわからなかったが、「げ」は形容動詞の語幹をつくる「げ」だということは見当が付いた。どうもそれらしい様子であるという意味を表す、「心細げ」「はずかしげ」などの「げ」と同じだろうと。だが、どうしても「ま」がわからない。前後から、「大きい」とか「おいしそうな」とかいった意味なのではないかと、勝手に想像するしかなかった。
 帰宅してからあれこれ考えて、「ま」はひょっとすると「うま」の変化した語ではないかと思い至った。『日本方言大辞典』を引いてみると、確かに「うまげ」が立項されている。そして、「うまそうなさま。おいしそうなさま」という意味に、異形として《まげ》 があり、分布地域は鳥取県西伯郡、島根県とあるではないか。
 「まげなジャガイモ」はおいしそうなジャガイモという意味だったんだと、ようやくすっきりできた。『日本方言大辞典』によれば、島根で使われる《まげ》には、りっぱなさま、みごとなさま、巧みなさま、じょうずなさまという意味もあるようだ。
 さらに『日本国語大辞典(日国)』で「うまげ」を引いてみると、「形容詞『うまし』の語幹に接尾語『げ』の付いたもの」と説明されている。そして、『蜻蛉日記(かげろうにっき)』と、『今昔物語集』といった、平安時代の2つの例が引用されている。このうちの『今昔物語集』の例がちょっとホラーである。『日国』で引用されているのは以下の例だ。

*今昔物語集〔1120頃か〕二七・一五「彼の嫗(おうな)も、子を穴(あな)甘気(うまげ)、只一口と云けるは、定めて鬼などにてこそは有けめ」

簡単に説明すると、ある屋敷に仕える身寄りのない若い女性が、父なし子をはらんで困り果て、古びた山荘で出産しようとすると、家主の老婆が出産と逗留まで許してくれたのだが、その老婆は鬼だったという話である。その老婆が赤ん坊を見て、「なんとうまそうな、ただの一口だ」と言ったというのである。この「うまげ」という語は、現在ではほとんど使われることはないが、方言には残っていたわけである。このように、古い時代に使われていた語が方言に残っているというのは、とてもおもしろいと思う。
 なお『今昔』の結末だが、赤ん坊を鬼に食べられそうになった女性は、鬼が寝ている間に逃げ出して難を逃れ、無事主人の家に戻ることができた。赤ん坊はというと、人に預けて養ってもらったと書かれていて、なかなか描写が細かい。
 ちなみに、邑南町で私が食べたお弁当は、「銭宝(ぜにほう)キッチン」というところで調理したものだった。銭宝は邑南町内の布施という中山間地域の別名のようで、そこの自治会が始めた配食サービスのお弁当だったらしい。粉ふきいもだけでなく、他のおかずもみな、“まげな”お弁当であった。

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 今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、少しだけ話題になった語がある。「おかしろい」という語で、後に江戸幕府15代将軍となる一橋慶喜の側近、平岡円四郎が口癖のように使っていた。円四郎は江戸っ子なので、「おかしれぇ」と江戸弁風に言っていた。
 この「おかしろい」だが、江戸庶民が使っていた江戸ことばだと説明しているものをけっこう見かける。だが、辞書編集者としてはこれに対していささか疑問がある。
 確かに「おかしろい」は、『日本国語大辞典(日国)』にも、『江戸語大辞典』(前田勇編 1974年)にも立項されている。いずれも、「おかしい」と「おもしろい」を合わせて作った語だと説明されているのだが、そこで引用されている用例は、『七偏人(しちへんじん)』の例しかないのである。『七偏人』は梅亭金鵞(ばいていきんが)作の滑稽本で、角書に「妙竹林話」とある。内容は、「江戸の遊び仲間七人が、半可通の大愚をだしに、茶番やいたずらの趣向を競い合って日を送るさまを、四季にわたって描いたもの」(『日国』)である。
 その『七偏人』から『日国』は以下の例を引用している。

*滑稽本・七偏人〔1857~63〕二・上「出かした出かしたでは可笑(ヲカシ)ろくねへ」

 「可笑」の読みが「ヲカシ」とカタカナになっているのは、用例の底本にそのような振り仮名があることを示している。また、『江戸語大辞典』で引用している用例は、『日国』で引用した部分の少し前にある。このような例だ。

 「フムウなかなかをかしろさうだはへ」(二・上)

 実は『七偏人』には、『日国』や『江戸語大辞典』では引用されていない「おかしろい」の例がもう一つある。

 「ナンノお(ママ)かしろくもねへ悪(わり)い洒落(しゃらく)だ」(二・中)

 以上の3つの例が『七偏人』で使われている「おかしろい(をかしろい)」のすべてかどうか、全編を通して探してはいないのでわからない。だが、「おかしろい」は、現時点では『七偏人』以外に用例が見つかっていないことだけは確かなのである。もちろん、今後、他の文献からの例が見つかる可能性は否定できないが。
 辞書編集者としては、たとえ複数回使われていたとしても、『七偏人』の例だけで、江戸っ子が「おかしれぇ」と頻繁に言っていたとは思えないのである。『江戸語大辞典』に立項されているが、それは『日国』同様、江戸時代の用例があったから見出し語としただけだと思う。だから、どちらも江戸ことばだとはひと言も述べていない。『七偏人』の作者の造語という可能性もあるからだ。
 もちろん、大河ドラマの台詞の中で「おかしろい」を使ってはいけないと言っているわけではない。似ていることばを合体させることば遊び的なことは、いつの時代でもやることなので、おもしろいことばをよくぞ見つけたと思う。ただ、それが江戸ことばだと説明されると、戸惑いを禁じ得ないのである。

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 「兎(うさぎ)追いしかの山 小鮒(こぶな)釣りしかの川」という歌い出しの唱歌「故郷」は、多くのかたがご存じだろう。1914年(大正3年)の『尋常小学唱歌6』に収録された、高野辰之作詞、岡野貞一作曲のいわゆる文部省唱歌である。作詞の高野辰之は国文学者で、東京音楽学校の教授も務めていた。
 この曲のタイトルは、「故郷」と書いて「ふるさと」と読む。そして、おそらくこの曲の影響が大きいからだろう、私の場合、「ふるさと」を漢字で書くときは「故郷」と書く。
 ところが、新聞では、「ふるさと」は「故郷」とは書かない。いや、普通はそう書けない。ではどう書くのかというと、「古里」である。たとえば、

 「『古里に支えられている』 都会に転出の学生に食料送り『つながり』強化の試み」(毎日新聞 2020年11月27日)

のように。記事によっては、「ふるさと」と仮名書きのものもあるが、圧倒的に「古里」の方が多い。この表記が、「ふるさと=故郷」派の私には気になって仕方がないのである。
 もちろん、常用漢字表では「故」に「ふる」という読みが無く、「郷」にも「さと」という読みが無いため、「故郷」を「ふるさと」と読むのは、常用漢字表に従う限り無理だということは知っている。おまけに、常用漢字表の「故」の「コ」の読みのところには、語例として「故郷」が示されているので、「故郷」は「コキョウ」と読むしかないということも。
 一方の「古」「里」は、常用漢字表にそれぞれ「ふる」「さと」の読みがあるので、新聞では「古里」という表記になったと理解できる。たとえば時事通信の用字用語集『最新用字用語ブック』第7版を見ると、「古里」または「ふるさと」と書くようにし、記事中に「故郷」とある場合は、特に読みが示されていなければ、「こきょう」と読むべきものだということがわかる。
 新聞の表記は基本的には、「法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」(「常用漢字表」前書き)と定められた常用漢字表に従っているのだから、文句のつけようもない。だが、できれば「ふるさと」を「故郷」と表記することも、多くの人が知っている唱歌の曲名に使われているだけに、認めてほしいのである。
 『明鏡国語辞典』第3版では、「ふるさと」の表記について、「もと『故郷』が好まれたが」と書かれていてなるほどと思ったが、私の場合「もと」ではない。今でも好んで使っている。だからこそ、『明鏡』も述べているように、古い時代の表記は「故郷」だったということは、ここで強調しておきたいと思うのである。
 『日本国語大辞典』では、平安時代から明治中期までに編まれた辞書の中から代表的なものを選んで、その辞書にある漢字表記を示している。「故郷」の表記は、室町時代中期に成立した『文明本節用集』や、江戸時代中期の『書言字考節用集』に見える。一方の「古里」の表記が現れるのはかなり新しく、明治になってからの『言海』(大槻文彦著の明治24年刊初版)なのである。あくまでも辞書における漢字表記の話だが。
 もちろん、古くからあるものがよくて、新しいものはだめだと言いたいわけではない。「故郷」と書くと、「こきょう」なのか「ふるさと」なのかわからないという意見があることも承知している。ただそうではあっても、新聞の表記に従わなければならないという決まりなどなく、ルビを付ければ解決することなので、「ふるさと=故郷」の表記も残していってほしいと思うのである。

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 前回、動物を数えるのに古くから「頭」を使っていた証拠として、『延喜式(えんぎしき)』(927年)の「二〇・大学寮」の例を引用した。実はその直後にとても興味深い部分があるので、まずはそれを紹介したい。前回引用したものと一部重複するが、再度引用する。

 「右六衛府別大鹿。小鹿。豕各一頭。先祭一日進之。以充牲。其莵一頭」

 『延喜式』は、平安時代中期に完成した法典である。引用した部分は、孔子を祭る儀式(釈奠(せきてん))に供える、三種類のいけにえについて述べている。三種類というのは大ジカ、小ジカ、イノシシ(豕)のことだが、儀式に先立ち、「莵一頭」もいけにえにしたようである。「莵」はもちろんウサギのことである。
 ここでウサギを「一頭」と数えている点に注目していただきたい。最近のペットショップなどでは、ウサギを「頭」で数えているところもあるが、やはりウサギは、「匹」か「羽(わ)」で数えるのが普通だろう。だが、それは現代人の勝手な思い込みで、古くはけっこう自由に数えていたのかもしれない。あるいは、いけにえとするものは「頭」と数えていたのだろうか。
 ウサギを数えるとき、「羽(わ)」で数えると教わった人もいるかもしれない。鳥ではないのに「羽」を使って数える理由として、昔は獣 (けもの) を口にすることができなかったので、二本足で立つことが多いウサギを鳥だとこじつけて食べたためだとか、ウサギの大きな耳が鳥の羽のように見えるためだとかいった説を聞いたことがあるだろう。実は諸説あって、その理由はよくわからないのである。ただ、今ではウサギを数えるときは、「匹」の方が一般的だろう。
 ところで、前回も触れた『数え方の辞典』(2004年 小学館)の「わ【羽】」のところに、以下のような説明がある。
 「トンボやセミのように羽があって飛ぶ昆虫や、羽のある空想上の動物のペガサスを『羽』で数えることはできません」
 「羽」は鳥を数えるときに使う語で、昆虫や、ましてやペガサスを数えるときには使わないということだが、もちろんこの説明に対して異議を唱えるつもりは毛頭ない。
 ただ、実際には昆虫を「羽」で数えている例があるということを、述べておきたいのである。それは芥川龍之介の『妖婆』(1919年)という小説の中にある。このような部分だ。

 「新蔵のかぶってゐる麦藁帽子の庇をかすめて、蝶が二羽飛び過ぎました」

このチョウは、「烏羽揚羽」だという。カラスバアゲハで、クロアゲハの別名である。クロアゲハは「羽(はね)」の大きなチョウなので、ひょっとすると芥川は「羽(わ)」で数えたくなったのかもしれない。
 芥川のこの例だけだったら、芥川独自の用法だと結論づけることもできそうだ。ところが、昆虫を「羽」で数えているのは、実は芥川だけではない。たとえば、夏目漱石は『草枕』(1906年)の中でやはりチョウを、泉鏡花は『夫人利生記(ぶにんりしょうき)』(1924年)の中で赤トンボを「羽」で数えている。
 チョウやトンボを「羽(わ)」で数えるなんて、『数え方の辞典』だけでなく、一般的な感覚からしても誤用と言うべきなのかもしれない。だが、私にはそれらをまったくの誤用だとは言い切れない気がするのである。
 原則は大事だが、ことばづかいはあまり窮屈に考えない方がいいと思うからである。

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