「やるせない」の誤用はどこで広まっているのか?
2014年01月14日
思いを晴らすべき手立てがないという意味の「やるせない」を、「やるせぬ」と言うような誤用が広まっているらしい。たとえば、「やるせない思い」を「やるせぬ思い」としているというのである。“らしい”とことわったのは、実際にはその誤用例をめったに見かけることがないからである。インターネットで検索しても、ほとんどヒットしない。唯一検索に引っかかった、いかにも誤用らしい誤用は、
「市議リコールに経費1172万円 やるせぬ思いの妙高市民」(『上越タウンジャーナル』2010年5月25日)
というものだけである。
しかし、「やるせぬ」は誤りだと注記している国語辞典も存在する(『明鏡国語辞典 第2版』)。この辞典では誤用が広まっていると判断したからこそ、このような注記をしたのであろう。にもかかわらず、その誤用例をあまり見つけることができないというのはどうしたわけなのであろうか。
かなり有名な誤用例があるにはある。
古賀政男の『影を慕いて』の中にある「月にやるせぬ我が思い」という部分がそれである。
では、なぜ「やるせぬ」だと誤りなのか。文法の話で恐縮なのだが、少しお付き合いいただきたい。
「やるせない」は、名詞「やるせ」に否定の意味の形容詞「無い」が付いた形容詞である。当然のことだが、「無い」は形容詞なので他と同じように語尾は「かろ/かっ・く/い/い/けれ」と活用する。見ておわかりのようにどこにも「ぬ」などという活用は出てこない。ところが、なぜそれが「やるせぬ」になってしまったのかと言うと、この形容詞「ない」を同じ語形の打消しの助動詞「ない」だと勘違いして、やはり同じ打消しの助動詞「ぬ」でも言い換えができると考えたらしいのである。
助動詞「ない」「ぬ」ならそれと結びつく「やるせ」は動詞でなければならないのだが、もちろん「やるせる」などという動詞は存在しない。
それにしても、なぜ誤用が目立たないのであろうか。
考えられることは、「やるせない」という語自体、もはやあまり頻繁に使われる語ではなくなっているということである。あるいは、それほど頻繁に使われることはなくなっても、文章ではなく口頭語として広まっているということがあるのかもしれない。
誤用が水面下で広まっているのかもしれない、不思議な語ではある。
「市議リコールに経費1172万円 やるせぬ思いの妙高市民」(『上越タウンジャーナル』2010年5月25日)
というものだけである。
しかし、「やるせぬ」は誤りだと注記している国語辞典も存在する(『明鏡国語辞典 第2版』)。この辞典では誤用が広まっていると判断したからこそ、このような注記をしたのであろう。にもかかわらず、その誤用例をあまり見つけることができないというのはどうしたわけなのであろうか。
かなり有名な誤用例があるにはある。
古賀政男の『影を慕いて』の中にある「月にやるせぬ我が思い」という部分がそれである。
では、なぜ「やるせぬ」だと誤りなのか。文法の話で恐縮なのだが、少しお付き合いいただきたい。
「やるせない」は、名詞「やるせ」に否定の意味の形容詞「無い」が付いた形容詞である。当然のことだが、「無い」は形容詞なので他と同じように語尾は「かろ/かっ・く/い/い/けれ」と活用する。見ておわかりのようにどこにも「ぬ」などという活用は出てこない。ところが、なぜそれが「やるせぬ」になってしまったのかと言うと、この形容詞「ない」を同じ語形の打消しの助動詞「ない」だと勘違いして、やはり同じ打消しの助動詞「ぬ」でも言い換えができると考えたらしいのである。
助動詞「ない」「ぬ」ならそれと結びつく「やるせ」は動詞でなければならないのだが、もちろん「やるせる」などという動詞は存在しない。
それにしても、なぜ誤用が目立たないのであろうか。
考えられることは、「やるせない」という語自体、もはやあまり頻繁に使われる語ではなくなっているということである。あるいは、それほど頻繁に使われることはなくなっても、文章ではなく口頭語として広まっているということがあるのかもしれない。
誤用が水面下で広まっているのかもしれない、不思議な語ではある。
キーワード:



出版社に入りさえすれば、いつかは文芸編集者になれるはず……そんな想いで飛び込んだ会社は、日本屈指の辞書の専門家集団だった──興味深い辞書と日本語話が満載。希少な辞書専門の編集者によるエッセイ。




辞書編集37年の立場から、言葉が生きていることを実証的に解説した『悩ましい国語辞典』の文庫版。五十音順の辞典のつくりで蘊蓄満載のエッセイが楽しめます。
「満面の笑顔」「汚名挽回」「的を得る」……従来誤用とされてきたが、必ずしもそうとは言い切れないものもある。『日本国語大辞典』の元編集長で、辞書一筋37年のことばの達人がことばの結びつきの基本と意外な落とし穴を紹介。
