日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第210回
長さが三寸なのは「舌先」?「口先」?

 ことばだけで心や中身がこもっていないことを「○先三寸」というのだが、この「○」に入る漢字は何かおわかりであろうか。答えは「舌」である。だが、「口」と答えた方も多いのではないか。
 文化庁が発表した2011(平成23)年度「国語に関する世論調査」でも、「舌先三寸」を使う人が23.3パーセント、「口先三寸」を使う人が56.7パーセントという逆転した結果が出てしまっている。しかもこの調査では、「口先三寸」を使うと言う人の率は年齢が上がるほど高くなるという傾向が見られる。60歳代以上になると60%を越してしまっているのである。
 年齢が上がるにつれ誤用の割合が多くなる理由はよくわからないのだが、「舌先」を「口先」だと思ってしまう理由はある程度推察ができる。辞書では「舌先三寸」の意味は、心がこもらず、口先だけであると説明されることが多いので、「舌先」を「口先」と混同してしまったのではないか。
 「三寸」とは、一寸が約3.03センチメートルなので、10センチメートル近くになり決して短くはない。「舌先三寸」は古くは「舌三寸」「三寸の舌」という形でも使われ、舌が長いのはお喋りだと考えられていたのである。『日本大百科全書(ニッポニカ)』によれば、日本人の舌の長さの平均は、男7.3センチメートル、女7.2センチメートルだそうだからそれよりも長いことになる。だが、舌が長いとお喋りかというと、男性よりもお喋りだと思われている女性の方が舌の長さの平均は短いので、あまりあてにはならない。
 いずれにしても、調子のいいことばは実際の長さではないが、“舌の先三寸”の部分から生み出されると考えられてきたわけである。

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