日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第25回
北信流(ほくしんりゅう)

 「北信流」などというと剣術の流派のようだがそうではない。宴席における中締めの儀式のことである。「北信」とは北信地方のこと。先日その北信地方の中心部長野市に行く機会があり、初めて「北信流」という独特な儀式を体験することができた。「北信流」は真田氏松代藩から起こった儀式だという。松代は現在の長野市南部に当たる。
 儀式の詳しい流れは省略するが、宴席が落ち着いたころに参会者の1人から、「本日ご苦労いただいた方々にお杯(さかずき)を差し上げたいがいかがであろうか」という提案がある。そして、杯を差し上げる人、いただく人、お毒味役といった人たちが指名され、上座に並ぶのである。他に「お肴(さかな)出す人」という役も指名される。「お肴」といっても酒の肴ではなく、上座に並んだ人たちが杯のやりとりをしている間、「高砂」などのおめでたい謡(うたい)をうたう役なのである。
 筆者が参加した宴席は長野市仏教会の集まりだったのだが、このときの「お肴」役はなんと声明(しょうみょう)をうたい出したのである。すると出席していた他の僧もこれに唱和して、近代的なホテルの宴会場が一瞬にして荘厳な寺院に変じたかのようであった。
 最後に万歳三唱で締めるのも「北信流」の特徴である。関東では三本締めが普通なので、これまた新鮮であった。
 あとでふと思ったのだが、『日国』の初代編集長が酒席でよく「ばんざーい」と叫んでいた。出身は長野市だったから、あれこそが「北信流」だったのかもしれない。

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