日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第244回
「ピンからキリまで」

 ことばには話のネタになりそうな事柄が豊富なことばと、そうではないことばとがあるような気がする。今回取り上げる「ピンからキリまで」は、間違いなく前者だと思う。
 まずは意味に関するネタはどうだろう。
 「ピンからキリまで」は、本来は始めから終わりまでという意味で、そこから、最上のものから最低のものまでとか、上等なものから下等なものまでといった意味で使われるようになった。ところが、最近はそうではない意味で使う人が増えているらしいのである。
 こんな言い方だ。
 「人の好みもピンからキリまであるのでプレゼントを選ぶのは難しい」
 これは好みの幅の広さを言おうとしているだけで、等級や優劣のことを言っているわけではない。だが、このような本来の意味とは異なる使い方がじわじわと広まりつつあるというわけである。
 次に語源についても話のネタになりそうだ。
 「ピン」「キリ」っていったい何のことだろうと思ったかたも多いのではないか。ふつう「ピン」はポルトガル語の pinta (点)の意からで、「キリ」は、ポルトガル語の cruz (クルス「十字架・十字形」の意)からだと言われている。
 「ピン」は、カルタ・賽(さい)の目などの一の数の意味で使われ、そこから、第一番、また、最上のものという意味になった。「キリ」は、十字架の意から転じて、10の意味になり、最後のもの、あるいは、最低のものという意味になったのである。
 3つ目に「ピン」と「キリ」とどちらが上かということも話のネタになるであろう。
 これは語源からもわかるようにピンの方が上なのである。
 さらに、「ピン」と「キリ」は片仮名で書くか平仮名で書くかというネタはいかがであろうか。実は「キリ」には、クルスではなく、和語である際限の意味の「きり(切)」からだという説もある。ただ、一般には外来語意識が強く、「ピン」も「キリ」も片仮名で書くことが多いことから、辞書の見出しもほとんどの辞書が片仮名書きになっている。
 いかがであろうか。ネタの豊富なことばだということをおわかりいただけたのではなかろうか。

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