第310回
「弱冠」は何歳?
2016年04月25日
「弱冠23歳で横綱になる」などと言うときの「弱冠」だが、もちろんここでは年が若いという意味で使われているということはおわかりだと思う。だが、それでは何歳から何歳くらいまでが「弱冠」の許容範囲と言えるのかということをお考えになったことはあるだろうか。
そもそも「弱冠」とは、古代中国の周の制度で、男子20歳を「弱」といい、そのときに元服して冠をかぶるところから生まれた語である。従って、本来は男子20歳の異称であった。ところが次第に意味が拡大し、20歳に限らず年齢の若いことを言うようになるのである。
では何歳くらいまでが「弱冠」と言えるのだろうか。確実な上限の例とは言えないまでも、有吉佐和子の小説『助左衛門四代記』(1963年)に以下のような記述がある。
「弱冠三十四歳で和歌山県会の議長を勤めるようになっていたから」
34歳が若いかどうかということは議論のあるところであろうが、ここで「弱冠」が使われているのは、県議会の議長に就任するには若いという意識があるのかもしれない。とすると、年齢に上限があるというよりも、特定の役職なり地位なりに就くには若いという意識が働くときには、20歳よりもかなり年齢が上でも「弱冠」が使われると考えられる。
では下限はどうであろうか。
たとえば、東京都知事も務めた作家猪瀬直樹氏の『ミカドの肖像』(1986年)に、
「そのなかに、康次郎が弱冠十五歳で肥料商の看板を出していたときに宣伝用に配られた団扇(うちわ)が額に入れて飾ってあった」
とあり、この例はほとんど下限と言えそうである。この例の場合は、年少でありながらひとかどの人間になったというニュアンスが込められているのかもしれない。
国語辞典での扱いはどうかというと、辞書に載せられた例文の中では20歳以下の年齢で使ったものとしては、17歳くらいまでが多いようである。しかもそれらは、若いながら立派であるという意味合いの例が多いような気がする。
なお、「弱冠」の「弱」は日本では「わかい」という意味よりも「よわい」という意味で使われることが多いためであろう、同じく「ジャク」と読む「若冠」という使用例が江戸時代以降、現在に至るまでに見られるようになる。
だが、国語辞典では「若冠」を見出し語にしているものはまだ出ておらず、むしろ誤りであるとしているものもある。新聞などはどうかというと、たとえば時事通信の『最新用字用語ブック』では
(若冠)→弱冠
として、「若」には誤用の字であることを示す、▲印が脇につけられている。
「若冠」だと思い込んでいる人への配慮であろうが、今後そのように書く人がさらに増える可能性は否定できないと思う。
★神永曉氏、朝日カルチャー新宿教室に登場!
辞書編集ひとすじ36年の、「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さん。辞書の編集とは実際にどのように行っているのか、辞書編集者はどんなことを考えながら辞書を編纂しているのかといったことを、様々なエピソードを交えながら話します。また辞書編集者も悩ませる日本語の奥深さや、辞書編集者だけが知っている日本語の面白さ、ことばへの興味がさらに増す辞書との付き合い方などを、具体例を挙げながら紹介されるそう。
講座名:辞書編集者を惑わす 悩ましい日本語
日時:5月21日(土)13:30-15:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
住所:東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル4階(受付)
くわしくはこちら→朝日カルチャーセンター新宿教室
そもそも「弱冠」とは、古代中国の周の制度で、男子20歳を「弱」といい、そのときに元服して冠をかぶるところから生まれた語である。従って、本来は男子20歳の異称であった。ところが次第に意味が拡大し、20歳に限らず年齢の若いことを言うようになるのである。
では何歳くらいまでが「弱冠」と言えるのだろうか。確実な上限の例とは言えないまでも、有吉佐和子の小説『助左衛門四代記』(1963年)に以下のような記述がある。
「弱冠三十四歳で和歌山県会の議長を勤めるようになっていたから」
34歳が若いかどうかということは議論のあるところであろうが、ここで「弱冠」が使われているのは、県議会の議長に就任するには若いという意識があるのかもしれない。とすると、年齢に上限があるというよりも、特定の役職なり地位なりに就くには若いという意識が働くときには、20歳よりもかなり年齢が上でも「弱冠」が使われると考えられる。
では下限はどうであろうか。
たとえば、東京都知事も務めた作家猪瀬直樹氏の『ミカドの肖像』(1986年)に、
「そのなかに、康次郎が弱冠十五歳で肥料商の看板を出していたときに宣伝用に配られた団扇(うちわ)が額に入れて飾ってあった」
とあり、この例はほとんど下限と言えそうである。この例の場合は、年少でありながらひとかどの人間になったというニュアンスが込められているのかもしれない。
国語辞典での扱いはどうかというと、辞書に載せられた例文の中では20歳以下の年齢で使ったものとしては、17歳くらいまでが多いようである。しかもそれらは、若いながら立派であるという意味合いの例が多いような気がする。
なお、「弱冠」の「弱」は日本では「わかい」という意味よりも「よわい」という意味で使われることが多いためであろう、同じく「ジャク」と読む「若冠」という使用例が江戸時代以降、現在に至るまでに見られるようになる。
だが、国語辞典では「若冠」を見出し語にしているものはまだ出ておらず、むしろ誤りであるとしているものもある。新聞などはどうかというと、たとえば時事通信の『最新用字用語ブック』では
(若冠)→弱冠
として、「若」には誤用の字であることを示す、▲印が脇につけられている。
「若冠」だと思い込んでいる人への配慮であろうが、今後そのように書く人がさらに増える可能性は否定できないと思う。
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日時:5月21日(土)13:30-15:00
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