日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第329回
「乾杯」で飲むものは?

 小学生からこんな質問を受けた。

 辞書で「乾杯」という語を引くと、「酒を飲みほすこと」と書いてあります。お誕生会などで、「カンパーイ」と言ってジュースを飲むけれど、お酒じゃなきゃ「乾杯」って言えないのでしょうか?

 確かに小学生向けの国語辞典を引くと、「さかずきをさしあげ、よろこびや健康などを祝って、酒を飲みほすこと。」(小学館『例解学習国語辞典』)とある。最近の小学生向けの国語辞典の中には「酒など」としているものもあるが、大人向けの辞典ではほとんどが「酒」だけである。
 もちろん「酒を飲みほすこと」というのが「乾杯」の本来の意味である。「乾杯」の意味は「杯を乾(ほ)す」ということであるからだ。「杯(さかずき)」は「酒(さか)杯(つき)」の意、つまり酒を飲む器ということなので、それを飲みほすと言うことは酒でなければならない。
 ただ、ことばというものは意味が拡大して使われるようになることがけっこう多い。中身がお酒でなくても、家庭などで親子でコップなどを触れ合わせて、 「カンパ~イ!」と言うことは少なからずあると思う。先日もテレビドラマを見ていたら、十代の三姉妹がジュースで「カンパ~イ!」とやっている場面があった。時代背景が昭和初期であったので多少違和感はあったが、これも拡大解釈をして使っているということになるであろう。
 一般向けの国語辞典ではまだ本来の意味しか載せていないものが多いが、これからは拡大解釈をした意味を載せる辞書も増えてくるものと思われる。
 ただし、マナーとしては、「乾杯」はアルコールが飲めなくても酒ですべきだという立場もあるらしい。つまりジュースやウーロン茶などでの「乾杯」はおかしいというのである。
 マナーの専門家ではない私にはその辺のところはよくわからないが、ことばとしては「酒」が本来であるということだけは言えるので、拡大した意味は載せたとしても、本来の意味もしっかり残しておくべきだと思うのである。

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