日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第363回
「由緒ある神社だそう」の「そう」って何?

 先ずは以下の文章をお読みいただきたい。このコラムを連載している、ジャパンナレッジの「ジャパンナレッジNEWS」の一節である。

 「マック」と「マクド」の分布を調査した結果、全国的に「マック」派が圧倒的。「マクド」派が優勢なのは大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山の関西5府県のみで、60%以上の人が使っていたんだそう。

 ハンバーガーチェーンのマクドナルドを略してなんと呼ぶかということはとても面白い話なのだが、今回話題にしたいのはそのことではない。末尾の「使っていたんだそう」の「そう」という言い方についてである。表題の「由緒ある神社だそう」の「そう」も同様である。
 この「そう」は、国語辞典ではまだその意味についてほとんど触れられていない、新しい言い方なのである。
 本コラムでジャパンナレッジの関係者が書いた文章を俎上(そじょう)にのせるなんて何事かと、担当者に叱られてしまいそうだが、格好の題材だったので許してもらいたいと思っている。
 さてこの「そう」は、伝聞の助動詞「そうだ」の省略形と考えられている。従来は主に口頭語として使われていて、テレビのナレーションなどで「由緒ある神社だそう」などと言っているのをお聞きになったことがあるかもしれない。ひょっとするとそのときに、違和感を覚えたかたもいらっしゃるのではないだろうか。この口頭語の「そう」が次第に広がりを見せて、書きことばとしても使われるようになったと思われるのである。
 伝聞の助動詞「そうだ」は、……ということだ、……という話だという意味で、「お元気だそうで安心した」「今日の会議は延期するそうだ」などと使う。
 ところが、「そうだ」にはもうひとつ、……というようすだ、今にも……するようなようすだ、といった様態の意味を表す使い方もある。「雨がやみそうだ」「あの人はいかにも健康そうだ」「本番は明日なのになんだか自信がなさそうだ」などというのがそれである。そしてこの様態の「そうだ」だが、「だ」をとって「そう」の形で使われることもある。これら3つの例文も、「だ」を省略して言ってもそれほど違和感はないであろう。
 伝聞の「そうだ」が「そう」になるのは、おそらく様態の助動詞の用法に引かれてのことであろう。さらには、文末が「~そうだ」となると表現が強くなるように感じて、それを和らげる意味で「そう」としている可能性も考えられる。
 国語辞典には伝聞の「そう」について触れているものはほとんどないと書いたが、『三省堂国語辞典』(三国)だけは、「そう」を立項している。意味は、「『そうだ(助動)』の語幹」で、例文の中に「新作のロールケーキも人気だそう」というのがある。これが、伝聞の「そう」なのだが、それについての説明が何もないのは、さすが『三国』ここまで載せていたのかと思わせただけに、いささか残念である。
 ジャパンナレッジの記事でも使われているからというわけではないのだが、おそらく、この「そう」はさらに広まっていくのではないかと思っている。私自身は今後も使わないであろうが、誤用だとは思っていないし、遠からずこの語について解説する辞典も出てくるであろうと期待している。

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