第390回
「コップを直してください」

 「このカゴには洗ってキレイなコップが置かれてます。各自、使ったコップは洗って直してください。」

 手書き文字でこう書かれた注意書きの写真をいただいた。送ってくださったのは、奈良県大和郡山市のかたである。
 写真をよく見ると、この注意書きは食器戸棚のガラス戸に貼られていて、中にざるらしきものが見える。家庭内でこんな紙をわざわざ貼り出す家はあまりないだろうから、共用の場のものと思われる。そして、ここを使っている人たちには、洗ったコップを「直す」という意味が、全員理解できることが前提になっているのであろう。
 今でこそ私もこの「直す」の意味は分かるのだが、以前だったらかなり驚いたに違いない。使ったコップは汚れてしまうので、洗って新品の状態にしろということなのか?などと勝手な想像をしたかもしれない。
 ご存じのかたも大勢いらっしゃるだろうが、この場合の「直す」は片付ける、しまうの意味である。そしてこの意味の「直す」は、主に西日本で使われる方言なのだ。『お国ことばを知る 方言の地図帳』(監修/佐藤亮一 2002年)によれば、
 「『片付ける』や『しまう』ことをナオスという地域は、近畿の中央部にまとまって見られる。同時に中国西部の山口から九州にかけてもまとまっていて、これは琉球列島に連続する。また、関東周辺にも散在し、東北や北海道にも見られる。」
とある。西日本だけでなく、東日本の一部などけっこう広い範囲で使われているらしい。
 『日本国語大辞典』ではこの片付ける意味の「直す」には、江戸時代の文献から以下の2例を引用している。

*洒落本・色深狭睡夢(いろふかみそらねのゆめ)〔1826〕下「清さんから請取った五十両はなをしておゐて」
*大阪江戸風流ことば合せ〔1830〜44〕「大坂にて、直しておく、江戸にて、しまっておく」

 「色深狭睡夢」の「直す」は、「しまっておく」という意味である。
 「大阪江戸風流ことば合せ」にも記載されているように、江戸時代から「直す」の意味は東西で違いがあることが知られていたようだ。
 冒頭の張り紙のように、西日本では今でも片付けるの意味で「直す」が使われている。そのため、小型の国語辞典の中には、『三省堂国語辞典』『明鏡国語辞典』のように、この片付けるの意味を主に西日本で使われるとして、意味を載せる辞典が出てきている。さらに踏み込んで、三省堂の『例解新国語辞典』第九版のように、
 「西日本では、『ひきだしに直す』のように、『もとの場所にしまう』という意味でも使う。方言だと気づいていない人が多い。」
と説明している辞典もある。
 共通語と語形が同じであるにもかかわらず、意味が異なり、多くの人が方言だと気づいていないことばは、積極的に辞書に載せるべきなのかもしれない。

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