第391回
「なし崩し」の新しい意味
2018年10月15日
「借金をなし崩しにする」というときの「なし崩し」だが、皆さんはどういう意味で使っているだろうか。
少しずつ返していくという意味だろうか、それともなかったことにするという意味だろうか。実は「なし崩し」は、借金を一度に返済しないで少しずつ返してゆく、が本来の意味なのである。ところが、なかったことにするの意味だと思っている人がかなりいるらしい。
先ごろ文化庁が発表した2017年(平成29年)度の「国語に関する世論調査」でも、なかったことにするだと思っている人が、65.6パーセントもいることが分かった。一方の少しずつ返していくの意味で使う人は19.5パーセントなので、本来の意味はかなり分が悪い。
「なし崩し」の「なし」は「済し」で、「済す」からきているのだが、「済す」は借りたもの、特に借金を返す、少しずつ返済して借金を減らすという意味である。「崩し」はくだいてこわすことをいう。つまり、少しずつ返して、借金をこわす、なくすという意味になる。
ところがこれを従来なかったことにするの意味で使うのは、勝手な類推ではあるが「なし」を「無し」、つまり何もないという意味でとらえたのではないだろうか。何もないように崩してしまうと。だから、なかったことにするの意だと思ってしまうのかもしれない。
また、この語は本来の意味から派生して、物事を一度にしないで、少しずつすませてゆくという意味でも使われる。というよりも、最近ではこちらの意味で使われることの方が多いかもしれない。例えば、『日国』で引用している、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905〜06)の例、
「町内中悉(ことごと)く苦手かも知れんが〈略〉漸々(だんだん)成し崩しに紹介致す事にする」
もこの意味である。
小型の国語辞典では『三省堂国語辞典』だけが、「ずるずると時間をかけてだめにすること。」といった、少し異なった表現ながら新しい意味を載せている。だが、『岩波国語辞典』は、「転義例〔筆者注:物事を少しずつすませること〕などの誤解に発したのだろうが、急に形を失って無くなる意に使うのは誤用。」としていて、辞書でも意見が割れている。
私は、「なし崩し」の本来の意味である、少しずつ借金を返済するの意味は次第に分からなくなっていて、『吾輩は猫である』の例や「企画がなしくずしに変更される」のように、少しずつ徐々に行うことという意味で使われることが多くなり、さらに意味が転じて、なかったことにするの意味で使われるようになったと考えている。
それがたとえ「誤解」であったとしても、誤用とは言い切れず、この意味はさらに広まるのではないだろうか。
神永さんがジャパンナレッジ講演会に登場!
私たちが国語辞典を引くとき、意味をチェックするだけで、どうしても【用例】を飛ばしがち。でも辞書づくりにおいてはしっかりとした根拠、つまり【用例】が辞書づくりの“命”なのです。神永さんが最近話題になっている言葉を用例を見ながら解説します。辞書を読むことの楽しみがわかる90分です。
日比谷カレッジ 第13回ジャパンナレッジ講演会
「ことばって面白い。辞書って楽しい。~辞書編集者を悩ます、日本語⑥」
■日時:2018年11月28日(水)19:00~20:30(18:30開場)
■会場:日比谷図書文化館4階スタジオプラス(小ホール)
■定員:60名
■参加費:1000円
■お申し込み:ホームページの申し込みフォーム、電話(03-3502-3340)、来館(1階受付)のいずれかにて、①講座名、②お名前(よみがな)、③電話番号をご連絡ください。
くわしくはこちら→日比谷図書文化館
少しずつ返していくという意味だろうか、それともなかったことにするという意味だろうか。実は「なし崩し」は、借金を一度に返済しないで少しずつ返してゆく、が本来の意味なのである。ところが、なかったことにするの意味だと思っている人がかなりいるらしい。
先ごろ文化庁が発表した2017年(平成29年)度の「国語に関する世論調査」でも、なかったことにするだと思っている人が、65.6パーセントもいることが分かった。一方の少しずつ返していくの意味で使う人は19.5パーセントなので、本来の意味はかなり分が悪い。
「なし崩し」の「なし」は「済し」で、「済す」からきているのだが、「済す」は借りたもの、特に借金を返す、少しずつ返済して借金を減らすという意味である。「崩し」はくだいてこわすことをいう。つまり、少しずつ返して、借金をこわす、なくすという意味になる。
ところがこれを従来なかったことにするの意味で使うのは、勝手な類推ではあるが「なし」を「無し」、つまり何もないという意味でとらえたのではないだろうか。何もないように崩してしまうと。だから、なかったことにするの意だと思ってしまうのかもしれない。
また、この語は本来の意味から派生して、物事を一度にしないで、少しずつすませてゆくという意味でも使われる。というよりも、最近ではこちらの意味で使われることの方が多いかもしれない。例えば、『日国』で引用している、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905〜06)の例、
「町内中悉(ことごと)く苦手かも知れんが〈略〉漸々(だんだん)成し崩しに紹介致す事にする」
もこの意味である。
小型の国語辞典では『三省堂国語辞典』だけが、「ずるずると時間をかけてだめにすること。」といった、少し異なった表現ながら新しい意味を載せている。だが、『岩波国語辞典』は、「転義例〔筆者注:物事を少しずつすませること〕などの誤解に発したのだろうが、急に形を失って無くなる意に使うのは誤用。」としていて、辞書でも意見が割れている。
私は、「なし崩し」の本来の意味である、少しずつ借金を返済するの意味は次第に分からなくなっていて、『吾輩は猫である』の例や「企画がなしくずしに変更される」のように、少しずつ徐々に行うことという意味で使われることが多くなり、さらに意味が転じて、なかったことにするの意味で使われるようになったと考えている。
それがたとえ「誤解」であったとしても、誤用とは言い切れず、この意味はさらに広まるのではないだろうか。
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私たちが国語辞典を引くとき、意味をチェックするだけで、どうしても【用例】を飛ばしがち。でも辞書づくりにおいてはしっかりとした根拠、つまり【用例】が辞書づくりの“命”なのです。神永さんが最近話題になっている言葉を用例を見ながら解説します。辞書を読むことの楽しみがわかる90分です。
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■日時:2018年11月28日(水)19:00~20:30(18:30開場)
■会場:日比谷図書文化館4階スタジオプラス(小ホール)
■定員:60名
■参加費:1000円
■お申し込み:ホームページの申し込みフォーム、電話(03-3502-3340)、来館(1階受付)のいずれかにて、①講座名、②お名前(よみがな)、③電話番号をご連絡ください。
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