第391回
「なし崩し」の新しい意味

「借金をなし崩しにする」というときの「なし崩し」だが、皆さんはどういう意味で使っているだろうか。
 少しずつ返していくという意味だろうか、それともなかったことにするという意味だろうか。実は「なし崩し」は、借金を一度に返済しないで少しずつ返してゆく、が本来の意味なのである。ところが、なかったことにするの意味だと思っている人がかなりいるらしい。
 先ごろ文化庁が発表した2017年(平成29年)度の「国語に関する世論調査」でも、なかったことにするだと思っている人が、65.6パーセントもいることが分かった。一方の少しずつ返していくの意味で使う人は19.5パーセントなので、本来の意味はかなり分が悪い。
 「なし崩し」の「なし」は「済し」で、「済す」からきているのだが、「済す」は借りたもの、特に借金を返す、少しずつ返済して借金を減らすという意味である。「崩し」はくだいてこわすことをいう。つまり、少しずつ返して、借金をこわす、なくすという意味になる。
 ところがこれを従来なかったことにするの意味で使うのは、勝手な類推ではあるが「なし」を「無し」、つまり何もないという意味でとらえたのではないだろうか。何もないように崩してしまうと。だから、なかったことにするの意だと思ってしまうのかもしれない。
 また、この語は本来の意味から派生して、物事を一度にしないで、少しずつすませてゆくという意味でも使われる。というよりも、最近ではこちらの意味で使われることの方が多いかもしれない。例えば、『日国』で引用している、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905〜06)の例、

 「町内中悉(ことごと)く苦手かも知れんが〈略〉漸々(だんだん)成し崩しに紹介致す事にする」

もこの意味である。
 小型の国語辞典では『三省堂国語辞典』だけが、「ずるずると時間をかけてだめにすること。」といった、少し異なった表現ながら新しい意味を載せている。だが、『岩波国語辞典』は、「転義例〔筆者注:物事を少しずつすませること〕などの誤解に発したのだろうが、急に形を失って無くなる意に使うのは誤用。」としていて、辞書でも意見が割れている。
 私は、「なし崩し」の本来の意味である、少しずつ借金を返済するの意味は次第に分からなくなっていて、『吾輩は猫である』の例や「企画がなしくずしに変更される」のように、少しずつ徐々に行うことという意味で使われることが多くなり、さらに意味が転じて、なかったことにするの意味で使われるようになったと考えている。
 それがたとえ「誤解」であったとしても、誤用とは言い切れず、この意味はさらに広まるのではないだろうか。

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