第399回
「三寒四温」は日本にはない?

 立春を過ぎるころになると、「三寒四温」ということばをよく聞く。寒い日が3日続くと、その後の4日ほどは温暖な日が続き、このような寒暖が繰り返される現象のことである。
 あるとき『日本大百科全書(ニッポニカ)』でこの「三寒四温」の解説を読んでいたら、以下のような文章に目がとまった。
 「三寒四温は日本の本土の天候にはあまりはっきりとは現れず、ひと冬に1回あるかないかという程度である」
 『ニッポニカ』は署名原稿で、この項目は気象研究家の故根本順吉さんが書いている。根本さんは気象に関するエッセーなども書き、テレビにもよく出演していたので、お名前をご存じのかたも多いであろう。その根本さんが「三寒四温」は「ひと冬に1回あるかないか」だと述べているのである。これを読んで、私の長年の疑問は氷解した。「三寒四温」という語はあまりにも有名なのに、実感としてはそのように感じることはほとんどなかったからである。私はその理由は、関東に住んでいるからだろうと思い込んでいた。
 ほとんど日本では現れない現象だということはわかった。だが今度は、そんなことばなのになぜこの季節になるとよく使われるのかという疑問がわいてくる。根本さんの解説をさらに読むと、「(「三寒四温」は)中国北部や朝鮮半島でいわれる俚諺(りげん)である」と書かれているではないか。「俚言」とはその土地特有の言い回しという意味である。日本ではほとんど実態のない現象を表すことばが、どうして日本で使われるようになったのだろうか。
 それを解く鍵が、『日本国語大辞典(『日国』)』で引用しているひとつの用例にありそうだ。こんな例である。

*尋常小学国語読本〔1917~23〕〈文部省〉一〇・一三「三日四日続いて寒ければ、其の次には又其のくらゐの間暖さが続くといふやうに、寒さと暖さがほとんど規則正しく交替することです。こちらでは昔から之を三寒四温といってゐるさうです」

 『尋常小学国語読本』は、第一次世界大戦後の大正デモクラシーの時代に改訂された国定第3期の国語の教科書で、1918年(大正7年)から使用された。巻一が「ハナ ハト マメ マス」から始まっているため、俗に「ハナハト読本」と呼ばれている。1933年(昭和8年)に、巻一が「サイタ サイタ サクラガ サイタ」で始まるいわゆる「サクラ読本」になるまで使用された。
 「三寒四温」はこの「ハナハト読本」の巻十に出てくる。『日国』の引用文には書かれていないのだが「京城の友から」という文章である。「京城」は現在の大韓民国の首都ソウルのことだが、日本が1910年の韓国併合とともに朝鮮総督をおき、京城府と改めたことによる旧称である。「京城の友から」はその京城に三か月前に家族と日本から移ってきた友だちが、日本に住む友人に書き送った手紙形式の文章となっている。
 この「ハナハト読本」を使った世代はすでに90歳以上になっていると思われるので、この文章を覚えている人はもはやあまりいないであろう。だが、国の機関が著作、編集した教科書の影響力は大きく、のちのちの時代まで実態はなくてもことばだけが伝えられたのではないかと考えられるのである。そして、私の勝手な語感だが、「サンカンシオン」という読みもなんとなく調子がよくて記憶に残りそうな気がしないでもない。

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