第402回
「桜狩り」と「花見」

 タイトルを見て、「桜狩り」なんてあまり聞いたことがないと思ったかたもいらっしゃるかもしれない。だが、「花見」よりも「桜狩り」の方が古くからあることばなのである。『日本国語大辞典(日国)』によれば、平安中期の物語『宇津保物語(うつほものがたり)』の例がある。
 「花見」の方はというと、やはり『日国』によれば、『平松家本平家物語』の例が最も古い。平松家というのは、安土桃山・江戸時代初期の公家・西洞院時慶(にしのとういんときよし)を遠祖とする家柄で、そこに伝わる『平家物語』は室町時代の書写本である。
 「花見」も「桜狩り」も、桜を観賞するという意味で使われ、『日国』で引用している文献の用例を見る限りでは、明治期くらいまではともに使われ続けたようである。だが、現在では「花見」が残って、「桜狩り」と言っている人はほとんどといってよいほどいなくなってしまったのではないか。
 ただ、その理由はよく分からない。かつての「桜狩り」は山地に生える桜を見に行くことであったが、後に里(さと)にも桜が植えられ、わざわざ山に行かなくても鑑賞できるようになったからであろうか。あるいは、「花見」には、桜の花の下で宴をはり遊興するという意味があり、やがてそれが桜を楽しむスタイルとして定着したためであろうか。
 「桜狩り」の「狩り」は、山野に行って、花などの美しさを観賞するという意味で、ほかに「紅葉(もみじ)狩り」などとも言う。また、山野に分け入って薬草やきのこなどを採ることも「狩り」と言い、「きのこ狩り」「薬狩り」などという語もある。
 面白いことに「桜狩り」という語は廃れてしまったのだが、「紅葉狩り」という語は現在でもしっかり残っている。「紅葉狩り」の場合は、紅葉の下で宴をはり遊興するということはほとんどなく、山野に分け入ることが多いので、本来の意味のまま使われ続けているのかもしれない。そして、紅葉の方にも古くは「紅葉見(もみじみ)」ということばもあった。「紅葉狩り」と同じ意味で、『日国』によれば、平安時代の『源氏物語』などかなり古い使用例がある。だが、「紅葉見」という語は現在では廃れてしまった。
 同じ意味のことばでも文化や習俗の実態に即しながらなのであろうが、栄枯盛衰があって面白い。

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