第409回
「ジャンパー」か「ジャンバー」か?

 JRの京都駅を中央口から出るとすぐに、塩小路通という東西にはしる道がある。この道を鴨川の方に向かってしばらく行くと、やがて気になる看板が目に飛び込んでくる。「皮ジャンバー」と書かれているのだ。「ジャンバー?ジャンパーではないのか?」と思ってよく見ると、向かい合った別の店の看板にも、「皮ジャンバー」と書かれているではないか。
 もちろん正しいのは「ジャンパー」で、「ジャンバー」は正しい発音ではない。英語の綴りもjumperで 、jumber ではない。「ジャンパー」とは、言うまでもなく作業服、スポーツ着、遊び着などに利用する上着のことだが、最近はフランス語のブルゾンblousonを使う方が多いかもしれない。確かに、「ブルゾン」の方がおしゃれ着っぽく聞こえる。
 「ジャンパー」は、もともとは漁師や工員・船乗りなどが着ていた上着を指していたようだ。『小学館ランダムハウス英和大辞典』によれば、jumpは「廃語」だそうだが、「短い上着」をいったらしい。
 にもかかわらず、日本では「ジャンバー」という人がいる。そして、京都のこの看板ではないが、「ジャンバー」と書く人もいる。
 『日本国語大辞典』を見ると、「ジャンパー」の項目に、

*浮雲〔1949~50〕〈林芙美子〉二八「ジャンバアのチャックをまさぐりながら」

という「ジャンバア」の例が引用されている。そして、この例によって、見出しに「ジャンバー」を異形として示している。もちろん「ジャンバー」と使っているのは林芙美子だけではない。武田泰淳の小説『蝮のすゑ』(1947)にも、

 「皮ジャンバーにつつまれた部厚い彼の肩や腰を眺めた」

とある。
 もともとの英語を知っているなら間違えるはずがないと思う人もいるだろうが、私も「ジャンパー」と「ジャンバー」どちらが言いやすいかと聞かれたら、「ジャンバー」に軍配を上げそうだ。
 実は小型の国語辞典にも、「ジャンバー」を認めているものがある。

『三省堂国語辞典』「なまって、ジャンバー」
『現代国語例解辞典』異形欄にジャンバー
『岩波国語辞典』「誤って『ジャンバー』とも言う」
『明鏡国語辞典』「なまって『ジャンバー』とも」
『新明解国語辞典』言及なし

 さらに、アクセント辞典を見ると、『新明解日本語アクセント辞典』には、「ジャンバー」のアクセントまで示している。『NHK日本語発音アクセント新辞典』は、NHKは「ジャンバー」を認めていないので、「ジャンバー」のアクセントはない。新聞の用語集も、例えば共同通信の『記者ハンドブック』には「ジャンパー」しか載っていない。
 もともとの発音を考えれば、「ジャンバー」は誤用ということになるのだろうが、NHKや新聞は仕方がないとしても、私は「ジャンバー」にも市民権を与えたいと思うのである。

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