第410回
「カツを入れる」の「カツ」って何?

 まずは以下の文章をお読みいただきたい。黒野伸一の小説『万寿子さんの庭』(2007年)の一節である。

 「爆撃の音が止んだ時、あたしは、泣いてる場合じゃないよ、さあ行くよって、下級生たちに喝を入れて、立ち上がった」

 そのまますっと読めてしまいそうだが、実は一か所問題がある。どこかというと、「喝を入れる」のところ。「喝を入れる」の「かつ」は「活」と書くのが正しく、「喝」は誤用だとされているのである。
 「活」は、気絶した人の息を吹き返らせる術のことで、「活を入れる」のもともとの意味は、気絶した人の急所をついたりもんだりして、息を吹き返らせることをいう。時代劇などで、そんな場面を見たことがないだろうか。これから、活発でないもの、衰弱したものなどに刺激を与えて元気づけるという意味になったのである。
 一方「喝」の方は、禅宗で、修行者をしかり、どなりつけて導くときなどに用いる叫び声のことである。禅僧が、「カツ!」と大声を発しているのを、やはりドラマか何かで見たことがあるかもしれない。この「カツ」がそれである。
 ちなみに修行者などに対して「喝」と叫ぶことを、鎌倉・南北朝時代の臨済宗の僧夢窓疎石(むそうそせき)が足利直義(ただよし)の問いに答えた法話集『夢中問答集』には、「或は棒を行じ、喝を下し、指を挙げ、拳をささぐ、皆是れ宗師の手段なり」とあるので、「喝を下す」という言い方はあったのかもしれない。
 「活」と「喝」、同じ読みでもあるし、禅僧が「カツ!」と言っている姿が頭に浮かんでしまうと、つい「喝を入れる」と書いてしまう気持ちも分からないではない。実際、「喝を入れる」と書いているものは、冒頭で引用した『万寿子さんの庭』に限らず、書籍となったものでもかなり見受けられる。
 ただ、「喝を入れる」は『デジタル大辞泉』『明鏡国語辞典』などが指摘しているように、誤用としか言い様がないのである。
 ただし、「喝を入れる」だと思う人が増えてくると、将来これも認められる可能性は否定できない。そのとき、国語辞典としてどうするかが問題なのである。

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