第411回
「お目にかなう」は誤用か?

 開高健はユーモアあふれる文章を書いた作家だったが、いかにもというこんな文章がある。
 「西独ではパンティ大王のお目にかなって湖とモーターボートと下男を提供された。釣竿のせいである。釣竿を持っていると、時あってそういう不思議なことが起るらしいのである。なぜもっと早くこの道にいそしまなかったかと、これまた悔まれてならない。」(『三つの戦争と難民収容所』1970年)
 釣りファンならずとも続きを読みたくなるのだが、私にはもう一か所注目したい部分がある。どこかというと「お目にかなって」のところ。この「お目にかなって(お目にかなう)」は、「お眼鏡にかなう」が本来の言い方とされているのである。私のワープロソフトも「お目にかなう」と入力すると、《お眼鏡にかなうの誤用》と親切に教えてくれる。
 ところが、「お目にかなう」と言っている人はけっこう多いらしく、文化庁が行った2008年度の「国語に関する世論調査」でも、「お眼鏡にかなう」を使う人が45.1パーセント、「お目にかなう」を使う人が39.5パーセントとかなり拮抗している。
 しかもこの調査の結果では、10代と60代は、「お目にかなう」を使う人の方が多いという結果が出ている。私と同じ60代に「お目にかなう」と言う人が増えている理由はよくわからないのだが、確かに「お目にかなう」も本来的な言い方かどうかは別にして、意味的には通じそうだ。それに多少こじつけめいたことを言うと、「お眼鏡にかなう」は目上の人に評価されるという意味だが、その目上の人が眼鏡をかけていなかったら、「お眼鏡にかなう」とは言いにくい、ということもあるのかもしれない。
 もちろん「お眼鏡」は「眼鏡」の、「お目」は「目」の尊敬語である。「お眼鏡にかなう」はそれが「かなう(適う)」、つまりちょうどよく合うという意味から派生した語である。使われた例としては、『日本国語大辞典』に引用されている、江戸時代後期の人情本『閑情末摘花(かんじょうすえつむはな)』(1839~41)の例が今のところ一番古い。
 「お目にかなう」は本来の言い方ではないとされているが、私が調べた範囲では唯一『大辞林』が見出しにしている。
 改まった文章では「お眼鏡にかなう」とすべきであろうが、口頭で「お目にかなう」と言ってしまったとしても、問題はないような気がする。あとは、辞書として、『大辞林』に追随するかどうかということであろう。

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