日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第418回
石にしがみついてはいけないのか?

 「石にかじりついてもこの事業は成功させたい」などと使う、「石にかじりついても」という言い方がある。どんな苦労をしてもがまんして、目的を達成しようとする、といった意味である。だが、この「石にかじりついても」を、「石にしがみついても」と言っている人がけっこういるらしい。
 文化庁が行った2008(平成20)年度の「国語に関する世論調査」でも、「石にかじりついてでも」と言っている人が66.5パーセント、「石にしがみついてでも」と言っている人が23.0パーセントという結果が出ている。少数派ながら、「しがみつく」と言っている人は、無視できない割合である。
 確かにこのように言う人はけっこう古くからいて、小説にも使用例がある。例えば、大佛次郎の『鞍馬天狗』にも、

 「なんとかして、この不覚を取り返してみせる、なんとかして、同志の者の恨みを報いてみせる。それまでは、石にしがみついても生かしておいて頂くことにしたい」(「宗十郎頭巾」1935年)とある。
 また、『日本国語大辞典』には、

 *婦系図〔1907〕〈泉鏡花〉後・四六「最う一度、石に喰いついても恢復(なほ)って」

という、「石にくいついても」という異なる言い方の使用例が引用されている。
 「かじりつく」はしっかりと歯でかみつくということで、そこから、しっかりとくっつく、しがみつくという意味になった語である。つまり、「かじりつく」と「しがみつく」は類義語の関係にあるといってもよいのではないだろうか。意味的には「しがみつく」だが、表現としては「かじりつく」を使う、「机・本・ゲームにかじりつく」といった言い方もある。「石にしがみついても」という言い方も、そうした意味の類似からくる混同なのかもしれない。
 『婦系図』にある「くいついて」も、「かじる」の本来の意味に近い。いずれにしても実際の使用例から見ると、「かじりついても」だけではないことがわかる。
 国語辞典での扱いはまちまちだが、例えば、『明鏡国語辞典』は「石にしがみついても」を誤りとしている。だとすると『鞍馬天狗』の例は誤用なのだろうか。
 私には、「石にしがみついても」「石にくいついても」はこの意味の表現のバリエーションとしか思えず、誤用と言い切る根拠は希薄な気がする。まして、「かじりつく」と「しがみつく」は類語に近いので、「石にかじりつく」が本来の言い方であるということは理解しつつも、「石にしがみついても」も認めてよいような気がするのである。

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