第419回
「奇特」の意味

 大正・昭和期の代表的な大衆文学作家だった吉川英治に、『折々の記』(1953年)というエッセー集がある。まずはその中の「小鳥譜二曲」と題されたエッセーの一文をお読みいただきたい。

 「目ぬきな市街の商家で、そこの御主人公が、アマチユーアといつても、ちよつと世間に少ないほど奇特な小鳥の研究家だといふのである」

 「アマチユーア」という表記も面白いのだが(原語の発音に近いのかもしれず、吉川英治以外の使用例もある)、話題にしたいのはそのことではない。文中にある「奇特」ということばの意味である。ここでは、珍しいという意味で使っている。ひょっとすると、この文章を読んで、「奇特」の使い方に違和感をもった人もいるのではないだろうか。
 「奇特」なんて語はあまり使わないという人もいるかもしれないが、普通は、「奇特な行い」のように、心がけや行いなどがすぐれていて、ほめるべきさまである、という意味で使われる。小型の国語辞典の多くは、その意味しか載せていない。
 ところが、「奇特」を、珍しいとか奇妙だとかいった意味で使っている人もいるのである。文化庁は、この語の動向がけっこう気になるらしく、「国語に関する世論調査」で、2002年度と2015年度の2回、調査を行っている。それによると、2回の調査とも「優れて他と違って感心なこと」という意味で使うという人は、49.9パーセントと変わらない。だが、「奇妙で珍しいこと」という意味は、2002年が25.2パーセント、2015年が29.7パーセントと増えてきている。この結果だけで判断するのは難しいのだが、この語を日常語として使わなくなって、意味がわからず、「奇」という漢字から、「奇妙」と結びつけて考えたという人がいるのかもしれない。
 だが、問題はこの珍しい、奇妙という意味をどう考えるかということなのである。小型の国語辞典のほとんどこの意味を載せていないと書いたが、実は『明鏡国語辞典』は、「近年、『こんな物を買うなんて奇特なやつだ』など、風変わりの意でも使われるが、誤り。」としている。だとすると、吉川英治の使用例は誤用なのだろうか。
 「奇特」は、古くは、非常に珍しく不思議なさまや、神仏などの不思議な力、霊験といった意味で使われた語である。例えば、『日本国語大辞典』で引用している平安時代後期の説話集『今昔物語集』の、

 「鼻を塞(ふさぎ)て退くに、此の香の奇特(きどく)なるを漸く寄て見れば、草木も枯れ、鳥獣も不来ず」(六・六)

という例文は、その匂いが普通でないのをどうにか近寄ってみると、といった意味で、「奇特」は普通ではないということである。
 だとすると、吉川英治の例も、この語にもともとあった、奇妙だとか、風変わりだとかいった意味で使っているだけとしか思えないのである。
 私は、それを、「誤用」「誤り」だとは言えないと思う。

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