第423回
「天地“天命”に誓う」?

 手前味噌かもしれないが、日本のように、さまざまな種類のことばの辞典が刊行されている国は、あまり多くはない気がする。代表的なものは国語辞典だろうが、漢和辞典、ことわざ辞典、類語辞典など、実に多種多様である。中には、漢字4字で構成される「四字熟語」だけ集めた辞典まである。例えば、かつて私が在籍していた編集部から、比較的最近刊行された、飯間浩明編『四字熟語を知る辞典』(小学館 2018年)などがそれである。宣伝めくが、この辞典は近代文学からの豊富な用例が楽しい。
 このような四字熟語の辞典にまず間違いなく掲載されている語に、「天地神明」がある。「神明」は超自然的な存在、すなわち神のことで、「天地神明」は天地の神々という意味で、多く「天地神明に誓って」などと使う。
 例えば、明治元年、つまり1868年に明治天皇が新政府の基本方針として発表した『五箇条の御誓文』の中にも、「朕(ちん)、躬(み)を以て衆に先んじ、天地神明に誓ひ」という一節がある。
 この「天地神明」だが、「天地天命」だと思っている人の方が多いという、ちょっと困った調査結果がある。文化庁が行った2018年度(平成30年度)の『国語に関する世論調査』がそれで、「天地天命に誓って」を使うという人の方が、「天地神明に誓って」を使うという人の割合を、すべての世代にわたって上回っていた。特に、20 代では63.8%,30 代で59.7%が「天地天命」だと答えているのである。
 だが、四字熟語辞典には、「天地天命」は載っていない。そのような組み合わせの語は、従来なかったからである。「天命」は、天の命令、天が人間に与えた使命、あるいは、天が定めた人間の寿命という意味である。それに誓うというのでは意味をなさない。
 「天地天命」と答えてしまった人が多いのは、以下のような理由があったのかもしれない。「天地神明」という四字熟語を聞いたことがなく、また、「神明」という語にもなじみがないため、なんとなく発音が似ていて、多少なじみのある「天命」を選択してしまったといったような。さらに、テンチシンメイと言うよりも、テンチテンメイと言った方が語呂がいいような気がするので、気持ちはわからないでもない。
 「天地天命」は、国語辞典にも四字熟語辞典にも載っていない語なので、さすがにその使用例はないだろうと思ったら、国立国語研究所の「現代日本語書き言葉均衡コーパス」を検索すると1例だけあった。ティーンエージャー向けの1998年発表の小説なのだが、校閲の目をすり抜けてしまったようだ。
 「天地天命」は明らかに誤用から生まれた言い方なので、どんなに広まっても、四字熟語辞典、国語辞典に載せることはできない。だが、「天地天命」が今後も広まりを見せるのであれば、辞典としては、本来の言い方ではないという注意書きをする必要があるだろう。

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