第424回
なんで最後に出演する人は「トリ」?

 昨年の大晦日の紅白歌合戦で、NHKのバラエティー番組「チコちゃんに叱られる」のチコちゃんが登場して、総合司会の内村光良さんに、「なんで“最後の人”を『トリ』って言うの?」という質問をぶつけていた。
 実は、この質問の答えの監修を私が行った。といっても、私の説ではなく、有力な説が『日本国語大辞典(日国)』に載っているので、私がチェックをしただけなのだが。だから、監修などと偉そうなことを言えるものではない。
 ただ紅白では、時間の都合で要点しか説明できなかったので、この場を借りて少し補足をしておこうと思う。
 『日国』に載っているというのは、(寄席で最後に出演する)主任格の真打は当夜の収入を全部取り、芸人たちに分けていたため、その取るということからという説で、チコちゃんもそのように説明した。この説は、早稲田大学名誉教授だった暉峻康隆(てるおかやすたか)先生の『すらんぐ』(1957年)という著書による。この本は、「おてんば」「あばずれ」「ちんぷんかんぷん」「いんちき」「どさまわり」といった、「スラング(卑語、世俗のことば)」の語源エッセーである。
 少し話が脇道に逸(そ)れるが、暉峻“先生”と書いたのは、実は私はこの『すらんぐ』に少しだけかかわりがあったからである。先生の晩年に、私は何度かお宅にお邪魔して、この『すらんぐ』に加筆したものをお預かりしていたのである。先生の没後、この加筆本は、『新版 すらんぐ(卑語)庶民の感性と知恵のコトバ』(勉誠出版 2010年)として再刊された。
 暉峻先生は井原西鶴の研究者だが、他に俳諧や落語などの著書も多数ある。特に落語に関しては、早稲田大学の落語研究会の初代顧問で、『落語芸談』『落語の年輪』といった著書もある。だから、「トリ」に関する語源説は間違いないと思う。
 この、「トリ」をつとめた真打が寄席の売り上げを取ったあと、出演者に出演料を分配した。それを客一人につきいくらと出演者に割り当てたものを「割り」「席割り」などと呼んでいた。この辺の事情は、川口松太郎の小説『人情馬鹿物語』(1955年)のこんな記述がわかりやすい。

 「その頃の寄席はまだ席割時代で、月ぎめの出演料ではなく、一日の収入から席亭の取り分を引き、残りを芸人の格づけに応じて分配する」

 川口松太郎は若いときに、講釈師の悟道軒円玉(ごどうけんえんぎょく)の家に住み込み、口述筆記の手伝いをしていたので、この記述内容も間違いないだろう。今でも寄席では、まったく同じではないが、これに近い制度が残っているようだ。
 「トリ」はもともとは寄席で使われていた語だが、興行界などで、最後に上演・上映する呼び物の番組や出演者もそう言うようになったのはご存じの通りである。「トリ」はもともとは「取る」ことからなのだが、「トリ」と片仮名で書かれることが多い。また、寄席では「主任」とも書いて「トリ」と読ませている。
 紅白ではその年最後に歌う歌手を「大トリ」などと言っているが、「トリ」という語が興行界で使われるようになってからの言い方だと思われる。紅白が広めた可能性もあるとにらんでいるのだが、残念ながら確証はない。

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