日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第432回
「デマ」と「ガセ」

 メディアもインターネットも、新型コロナウィルス関連の情報であふれかえっている。だが、それらの中には不確かな情報もかなり紛れ込んでいるようで、「デマ」、「ガセ」だから鵜呑みにしないようにと、注意を呼びかけているものもしばしば見受けられる。そうなると、いったい何を信じていいのかわからなくなってくる。現代のようにさまざまな情報が飛び交うというのも、善し悪しなのかもしれない。
 ところで、この「デマ」と「ガセ」だが、今は同じような意味で使われているものの、本来はまったく違う意味だったということをご存じだろうか。2語を合わせると「でまかせ」という語に似ているが、「でまかせ」は「出・任せ」で、その場で口から出るにまかせてしゃべるでたらめのことをいい、まったく関係がない。
 「デマ」はドイツ語の「デマゴギー Demagogie」の略で、元来は「政治的な目的で相手を誹謗(ひぼう)し、相手に不利な世論を作り出すように流す虚偽の情報。また、社会情勢が不安な時などに発生して、人心を惑わすような憶測や事実誤認による情報。」(『日本国語大辞典(日国)』)という意味である。つまり、望ましくない政治手法として、本来は非難の意味を込めて用いられた語なのである。これが、一般に広まって、単なる悪口や根拠のないうわさ話の意味で使われるようになったというわけだ。
 一方の「がせ」は『日国』によれば、「にせもの、まやかしものをいう、てきや・盗人仲間の隠語」である。つまりこちらは「ガセ」と書かれることも多いが、日本語なのである。ただ、なぜ「がせ」というのかはよくわかっていない。「騒がせる」「お騒がせ」の「がせ」からだという説もあるようだが、「がせ」には「偽造通貨、偽画、偽書などの偽造品。また、それらを使う詐欺をいう」(『日国』)という意味があり、偽造品は決して「騒がせて」はいけないものだろうからこの説はかなり怪しい。
 いずれにしても、「デマ」と「ガセ」はまったく別の語だったのである。だが、最近はほとんど同じ意味で使われているわけで、もちろんそれはそれでなんら問題はない。ただ、せっかくの機会なので、本来の意味の違いを知っていても損はない気がする。
 なお、最近は同じ意味で「フェイク」「フェイクニュース」などと言う人もいる。もちろんそれもなんら問題はないことだが、年配者には(私も含めて)、「フェイク」よりも「デマ」「ガセ」の方が意味が通じやすい気がする。従って、その世代に向けて、むやみに信じてはいけない情報だということを伝えたいのであれば、「デマ」「ガセ」の方が理解されやすいということを申し添えておきたい。

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