第433回
一人で歌うのも「斉唱」?

 歌を歌うことは嫌いではないので、たまにカラオケに行くこともある。ただ、今はコロナ禍でカラオケ店も営業を自粛していて、ずいぶん行っていないのだが。
 カラオケで歌う歌は二人で歌うデュエット曲もあるが、ふつうはマイクを持った一人が歌うのだから、あえて言うならそれは「独唱」だろう。最後にみんなで歌える歌を歌ってお開きにしましょうと言って、参加者全員で歌うこともあるが、それはやはり「合唱」になるだろう。なぜそのようなことをわざわざ確認したのかというと、次のような文章を見つけたからだ。

 「臨時カラオケ大会はいくみによる国歌斉唱からスタートした。絶対に負けられない戦いの前には、まず国歌だと言って聞かなかったのだ。なぜか全員起立して胸に手を当て、いくみの国歌を聴かされる。」

 川岸殴魚(かわぎしおうぎょ)のライトノベル『人生』(2012年)の一節である。この中の「国歌斉唱」は何人で歌っているのだろうかと、ふと思ったのである。というのも、「斉唱」は『日本国語大辞典(日国)』によれば、「声をそろえて歌うこと。特に現代では多人数の歌い手が同じ旋律を同じ高さ、またはオクターブ高低させた声で歌うこと。和声をもたない点で合唱と区別される。ユニゾン。」とあるからだ。つまり、「斉唱」は大勢で歌うことであり、決して一人で歌うことではない。これは、他の国語辞典の説明も同様だろうし、音楽用語辞典のような専門の辞典でも変わらないと思う。
 だとすると、引用した文では国歌を歌っているのは「いくみ」一人で、他のメンバーはそれを聴いているだけなので、辞書的な意味とは違うことになる。
 この『人生』という小説の「斉唱」の使い方が誤用だと言いたいわけではない。ただ、「斉唱」をこのような意味、つまり一人で歌うときにも使うことがわずかながら増えているように感じられて、興味深いと思ったのである。
 「斉唱」の「斉」は、ひとしくするということで、同じにする、そろえる、あわせるという意味である。だから、「斉唱」は声をそろえて歌うという意味になるのだが、なぜ一人で歌っても(つまり「独唱」)でも「斉唱」と言ってしまうのだろうか。
 勝手な想像だが、スポーツなどのイベントで国歌を歌うことがあるが、その際に有名な歌手などが登場して「独唱」することがある。だが式次第やアナウンスなどでは、それを「国歌斉唱」と表現していることが多い。おそらく、主催者側は、歌手に合わせて観客全員で「斉唱」してもらいたいと意図しているに違いない。だが、実際には歌手が代表して歌っているように思われて、斉唱=代表者が一人で歌うという意味に捉えられてしまったのではなかろうか。だとすると、引用した小説で「斉唱」を使った作者の意図も説明できそうである。
 もし一般語としての「斉唱」にも「独唱」に近い意味が広がっているとしたら、国語辞典としても何らかの対応をしなければならなくなる。しかもそれは専門用語としては間違いなのだから、それをどう考えるかということにもなってしまう。扱いに悩みそうな語である。

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