第436回
「助長」は何を助けるのか?

 まずは『日本国語大辞典(日国)』の「助長」という項目で引用した、以下の用例をお読みください。

*生活保護法〔1950〕一条「国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い〈略〉その自立を助長することを目的とする」

 ここで使われている「助長」の意味を、皆さんはどのように考えるだろうか。実は私は、「助長」は好ましくない傾向をさらに強めるというマイナスの意味だと長い間思い込んでいた。従って、この「自立を助長する」のような、ある物事の成長や発展を助けるというプラスの意味で使うのは、誤用ではないかと思っていたことがある。
 そう思っていたのは実はわけがあって、「助長」は中国の故事による語で、本来は決してプラスの意味ではなかったからである。その故事は、中国、戦国時代の儒者、孟軻(もうか)の思想を伝える『孟子』の「公孫丑(こうそんちゅう)・上」に出てくる。苗の生長を早めようとした宋の人が、苗を引き抜いて駄目にしてしまったというものである。それから、「助長」は不要な力を添えて、かえって害になるという意味で使われるようになったのである。
 そのような理由から、『日国』の「助長」で引用している唯一の古典例『山鹿語類』(1665年)も、「不義の機以て助長せしむるなり」と「不義」というマイナスの事柄に対して使っている。『山鹿語類』は、儒者で兵学者だった山鹿素行(やまがそこう)の談話を門人が編さんしたものである。
 ところが、『日国』の「助長」で引用されている明治以降の4例のうち、冒頭の「生活保護法」を含めた3例は、プラスの意味で使っている。助長する対象は、内田魯庵(うちだろあん)の評論『戦後の文学』(1895年)では「文明の進歩」だし、長塚節(ながつかたかし)の小説『土』(1910年)では「天性」である。私の勝手な印象なのかもしれないが、法律では「助長」をプラスの意味で使っているケースの方が多い気がする。例えば、『学校教育法』(1947年)には、「幼稚園は、〈略〉その心身の発達を助長する」(77条)などとあるからだ。法律では従来なかった意味を積極的に認めたということなのだろうか。いずれにしても、これらは本来の「助長」の意味からすると、誤用とはいえないまでも新しい意味ということになる。「助」と「長」なので、プラスの意味だと感じるのは無理からぬことなのだ。
 『日国』で引用している近代のマイナスの意味の例は、法学者末川博(すえかわひろし)のエッセー『彼の歩んだ道』(1965年)で、「健康についての不安」である。もちろん、マイナスの意味の使用例がこれしかなかったということではない。
 各辞書を引き比べてみると、この語の扱いの違いは顕著である。『日国』のように、「好ましくない傾向をいっそう強めること。転じて、物事の成長発展に外から力をそえること。」といったように、本来はマイナスの意味だったことを強調しているものもあるし、『日国』の語釈の後半部分だけを載せ、特にマイナスの意味については触れていないものもある。
 私は『日国』の語釈こそ正しいと思っているわけではないが、用例から判断して、今はプラスの意味でも使われることを書くべきだと思っている。ただ、この語の本来の意味となった故事も含めて、意味が変遷した語であることもどこかで触れてもいいのではないかと考えている。

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