第437回
「二六時中」と「四六時中」

 日本では、1873年(明治6)に太陽暦が施行され、昼夜を24時に等しく分けた太陽時による定時法が用いられることになった。それ以前の時刻法は「不定時法」と呼ばれるもので、昼(夜明けから日暮れまで)と夜(日暮れから夜明けまで)をそれぞれ6等分して、2×6で一日を12刻としていた。ただしこの場合、季節によって昼夜の長さが異なるため、昼と夜とで一刻の長さは一定しない。
 昼夜の長さは異なっていても、一日は12刻なので、一日や一昼夜を「二六時(にろくじ)」といい、さらに終日、一日中を意味する「二六時中」ということばが使われていた。
 ところが1873年以降、一日が24時間になったために、新たに「四六時中」ということばも生まれた。「二六時中」の「二」を「四」に変えたわけだ。「二六時中」は、昼と夜の2と、それぞれを6等分した6からなり、それなりに意味があったのだが、「四六時中」は単に24時にするために数字を合わせただけなので、ことばの趣はあまりないような気がする。
 ただ、この「四六時中」が生まれたのは、太陽暦が施行されてすぐのことだったようで、『日本国語大辞典(日国)』には、

*音訓新聞字引〔1876〕〈萩原乙彦〉「四六時中 シロクジチュウ 一昼一夜廿四時ナリ」

というわずか3年後の用例が引用されている。この『音訓新聞字引』は書名からもおわかりのように辞書なので、辞書の用例だからだめだということではないのだが、誰かが書いた用例も欲しいところである。「これからは『二六時中』ではなくて、『四六時中』と言わなければならないな」といったような。おそらくそのような使用例が先行してあったから『音訓新聞字引』に「四六時中」が収録されたのではないだろうか。その先行する「四六時中」の例を見つけ出したいと思っているのだが、残念ながら現時点では見つかっていない。
 さらにもう一つ。「四六時中」という語が生まれたからといって、「二六時中」が死語になったわけではない。『日国』では、「二六時中」の例は、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905~06)が一番新しいものだが、「二六時中」を最後に使ったのが漱石だったわけではない。例えば、香納諒一(かのうりょういち)のミステリー小説『無限遠』(2009年 ただし1993年の『春になれば君は』の加筆改題本)にも、

 「しかも、新住民の研究者たちはみな階級ごとに、同じ広さで同じ間どりの家に住み、職場でのステイタスと人間関係を二六時中背負わされている」(疑惑・Ⅱ)

のように、比較的最近になってからも使う作家がいる。おそらくこの語へのこだわりがあるのだろう。この語の意味がだんだん通じなくなっていく可能性はあるのだが、「四六時中」とは逆に、どこまでこだわりをもって使う人がいるのか、これも追いかけてみたいのである。
 いずれも辞書編集者としてのささやかな願いなのだが。

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