第438回
問屋は“卸さない”のか“許さない”のか?

 そんなにぐあいよくいくものではないという意味で、「そうは問屋がおろさない」という言い方がある。そのような安値では問屋が卸し売りをしないということから生まれた言い方らしい。『日本国語大辞典(日国)』にも立項されていて、

*春潮〔1903〕〈田山花袋〉八「此奴め、樺島男爵になる気だナ、さう安くは問屋では卸さん」

などといった用例が引用されている。『日国』では、この『春潮』の例がもっとも古い。
 ところが、この「そうは問屋が卸さない」を、「そうは問屋が許さない」だと思っている人がいるらしい。そのためだろう、文化庁は2006年と2015年の2回、この言い方の使用実態の調査を行っている。ただ10年間でそれほどの変化はなかったようで、「そうは問屋が卸さない」を使う人は、前者が67.7パーセント、後者は70.4パーセント、「そうは問屋が許さない」は、前者が23.5パーセント、後者が23.6パーセントという調査結果になっている。
 だがこの調査結果は、私にはいささか意外なものであった。というのも、文化庁の二度の調査で「許さない」派が20パーセント以上いることになっているにもかかわらず、その実際の使用例を見つけるのはけっこう難しいからである。ひょっとすると、口頭では「許さない」と言ってしまうのかもしれないと思って国会の会議録を検索してみたのだが、たった1例しか見つからない。文化庁がこの言い方について2回も調査をしたネタの出所を知りたいところである。
 ただそうはいっても、「許さない」の使用例がまったく存在しないというわけではない。私が見つけた例だが、以下のようなものがある。一つは浮世粋史が書いた『明治浮世風呂』(1887年)のもの。

 「弗相場(どるそうば)や米の直段(ねだん)も俄(にわか)にどしどし騰(あが)るを附(つけ)こみ濡手で粟とる山師の見込も相場うまくは問屋で許さぬとんとん評子(ひょうし)で青息(あおいき)ふくやら」(七)

 「相場うまくは問屋で」というのは、「そうはうまくは問屋で」というしゃれだろう。『明治浮世風呂』は江戸時代の『浮世風呂』を模して世相を風刺したものだが、浮世粋史が何者なのかよくわからない。国立国会図書館のデジタルコレクションで読むことができるためその本(明治20年共隆社 銀座)の奥付を見ると、「著述兼出版人 千葉茂三郎」とある。だが、その千葉も何者なのか私には調べがつかなかった。
 もう一つは、植物学者の牧野富太郎の随筆集『植物一日一題』(1953年)にある。

 「ショウブは菖蒲から来た名であるから、それをそのまま菖蒲と書けば問題はなかりそうだが、そうは問屋がゆるさない。普通の人はショウブを菖蒲としているが、これは大変な間違いで菖蒲はけっしてショウブではない。」(菖蒲とセキショウ)

 文化庁は、「そうは問屋が卸さない」が本来の言い方とされるとしているが、もちろんそのことについて異存はない。問屋だから、やはり「卸さない」と続けた方が自然だろうから。だが、それぞれの用例をくらべてみると、現時点では「許さない」の例が古いというのはどうしたわけなのだろう。「許さない」は文化庁もいうように本来の言い方ではないにしても、現時点で「卸さない」よりも古い例があるということは、必ずしも誤用とは断定できない気がするのである。
 もちろん、「そうは問屋が卸さない」を使った方が無難だと思うが。

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