第439回
「縁の下の力持ち」の「力持ち」とは?

 「縁の下の力持ち」という語をイメージしてみて、と言われたら、どのような情景を思い浮かべるだろうか。例えば、筋骨隆々の小男が縁の下にいて、歯を食いしばってひたすら家屋を支えている姿とか。人に知られずに、陰で苦労、努力することのたとえとして用いられることが多い語なので、おおかたはそんなイメージではないだろうか。
 だが、『日本国語大辞典』の「縁の下の力持ち」の項目で引用されている3例のうち、近世の2例は、現在使われているこの語の意味とはいささか異なっているのである。それは、人のために骨を折るばかりで世の中に認められず、報われないといった、マイナスの意味なのである。
 その近世の2例とは、以下のものである。

*浮世草子・小児養育気質(1773)二・一「数の多き事故進物遣ふて間違へばゑんの下の力もち」
*滑稽本・風来六部集〔1780〕放屁論後編「生まれ付きたる不物好(ふものずき)のわる塊りにかたまって、椽(エン)の下(シタ)の力持、むだ骨だらけの其中に」

前者は、進物を間違えて贈ると無駄になるという意味のようだし、後者も「不物好」つまり変わっているものを好んでいるので、無駄骨だらけだということのようである。
 ところが、近代の例になると、

*思出の記〔1900~01〕〈徳富蘆花〉一〇・六「自ら択むで居る生涯の方針は世の所謂利達の路とは大分違って、云はば椽の下の力持」

といったもので、ここでは、現在使われているように人に知られずに、陰で苦労、努力するという意味になっている。
なぜそのような意味の変化が生じたのか。
 どうやらそれは、「力持ち」という語に秘密がありそうなのである。縁の下にいる「力持ち」とは、つい力自慢の人を想像してしまうが、この場合の「力持ち」とは、重い石などを持ちあげて種々の技を見せる芸を行う者のことらしいのだ。
 なぜそのように考えられるのかというと、同じ意味で「縁の下の舞(まい)」という語があるからなのである。「縁の下の舞」は、人が見ていない所でむなしく苦労することのたとえとして、マイナスの意味で用いられる語である。元来は、大坂四天王寺の経供養(きょうくよう)に聖霊院(しょうりょういん)で催された舞楽が、舞台上ではなく庭で非公開で演じられたところから「縁の下の舞」と呼ばれ、それが人が見ていないところでむなしく苦労することのたとえとなったらしい。同様に、「縁の下の力持ち」も本来は人に見られていないところで演じられている力持ちの芸だった可能性が高いのである。だからマイナスの意味で使われていたのではないだろうか。
 もちろん、「縁の下の力持ち」が現在のように、人に知られないで、陰で苦労、努力することというプラスの意味で使われるのはなんの問題もない。ただ、意味が変化した、面白い語だと思うのである。

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