第441回
「知恵熱」ってどんな熱?

 「知恵熱」という語を、『日本国語大辞典(日国)』で引いてみると、
 「生後六~七か月ごろの乳児に起こる発熱。知恵がつきはじめる時に起こると俗に考えたことからいう。」
と説明されている。これを読んで、おや?自分が使っていた意味とは違う、と思った人もいるかもしれない。おそらくその人は、頭を使いすぎたときに起こる熱の意味で使っているのではないだろうか。
 確かに、「知恵熱」は、人によって意味の取り方がまちまちで、例えば文化庁が発表した2016年度の「国語に関する世論調査」でも、「知恵熱が出た」を、『日国』の意味のように「乳幼児期に突然起こることのある発熱」で使う人が45.6パーセント、『日国』にはない「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」という意味で使う人が40.2パーセント、その両方を使う人は6.9パーセントという結果が出ている。
 『日国』では「知恵熱」の用例として、島崎藤村の『家』(1910~11年)という小説の、

 「『智慧熱といふ奴かも知れんよ』と三吉も言って見た」(上・六)

 という文章を引用している。引用文の前後を読むと、「三吉」の子の「お房」という乳児が熱を出していることがわかる。
 ところが、「知恵熱」を「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」という意味だと考える人がけっこういるのは、どうしたわけなのだろうか。
 その理由は不明ながら、私は「知恵熱」が「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」の意味で使われるようになったのは、けっこう古くからのことではないかと考えている。
 というのは、「知恵熱」と同じ意味で『日国』にも立項されている「知恵ぼとり」という語がある。「ぼとり」は「ほとり」で、熱の意味である。『日国』には以下の2例が引用されている。

*雑俳・俳諧觽‐八〔1786〕「掛乞を見ると泣出す知恵ぼとり」
*滑稽本・和合人〔1823~44〕二・追加下「智慧は総身へ満ちて、智慧ぼとりで熱が出てならねへ」

いずれも江戸時代の用例だが、雑俳例の「掛乞(かけこい)」は掛売りの代金を請求する人のことだし、滑稽本例もたまにいい知恵を出すんだな、と言う相手に引用文のように答えているのである。この2例は、どうあっても乳児の熱ではないだろう。このように「知恵ぼとり」を「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」の意味で使っているということは、「知恵熱」も古くからその意味で使っていた可能性がありそうなのである。ただ、その意味での「知恵熱」の使用例を、現時点では江戸時代までさかのぼって見つけることができないため、勝手な想像でしかないのだが。
 最後に、内輪の話なのだが、『日国』の「知恵ぼとり」の語釈は、「『ちえねつ(知恵熱)』に同じ。」となっている。これは問題がありそうだ。『日国』の「知恵熱」の語釈は、乳児の熱という本来の意味だけなのに、「知恵ぼとり」で引用されている2例は、見てきたように「深く考えたり頭を使ったりした後の発熱」の意味なのだから。『日国』の「知恵熱」の語釈は、「知恵ぼとり」と合わせて、加筆する必要がありそうだ。

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