第444回
「新規“まき返し”」は誰が使うのか?

 それまでのいきさつや気持ちを一度リセットして、物事を新たにやり直すことを「新規まき直し」と言う。『日本国語大辞典(日国)』では、二葉亭四迷の小説『其面影』(1906年)の

 「如何(どう)だ、君、帰って最(も)う一遍新規蒔直しを行(や)っちゃ?」(七七)

など、すべて明治以降の例だが4例引用している。
 ところが、この「新規まき直し」を「新規まき返し」と言う人がいるらしい。先頃発表された2019年(令和元年)度の「国語に関する世論調査」で、「新規まき直し」を使う人が42.7%、「新規まき返し」を使う人が44.4%という結果が出た。つまり、本来の言い方ではない「新規まき返し」を使う人の方がわずかだが多いのである。しかも特に20 代~60 代では,「新規まき返し」を選択した人の割合の方が多い。
 「『新規まき返し』と言う人がいるらしい」と書いたのは、なぜこのような結果になったのか、私にはいささか疑問があるからだ。といっても、文化庁の調査自体がおかしいということではない。
 実は、「新規まき返し」の実際の使用例を、私はほとんど見つけることができないのである。わずかにインターネットでの使用例を見つけただけなのだ。口頭ではそのように言うことが多いのかと思って、国会会議録で検索しても、「新規まき返し」は1件も見つからない。だとしたら、いったいどこで使われている言い方なのだろうか。
 「まき直し」は、引用した『其面影』の例にもあるように、「蒔き直し」と書くことも多い。これは、もともとは一度まいた種子を改めてまくという意味で、これから、初めからやり直すという意味になったと考えられているからである。ただ、『日国』にはもう一つ、「巻物をひろげると、元にもどすためには初めから巻き直す必要があるというところから、『巻直』の字を当てるべきだともいう」という説も紹介している。「蒔き直し」ではなく「巻き直し」と書いても間違いではないということのようだ。
 一方の「まき返し」は「巻き返し」で、何か巻くものを巻き移したり、広げてあるものを巻いてもとに戻したりするという意味である。これから、「劣勢の状態から勢いをもり返して、反撃すること。勢いを得て攻撃に転じること」(日国)という意味にもなったわけである。
 従って、「新規」と結びつけて使う場合は、やり直すという意味の「まき直し」は自然だが、反撃するという意味の「まき返し」は、おかしな意味になってしまう。
 「まき直し」と「まき返し」では、「なおし」と「かえし」の違いだけなのでつい間違えてしまうのかもしれない。だが、本来のものとは違う言い方をする人の割合の方が上回っているという調査結果は、やはり解せない。別に私は、本来のものとは違う言い方の使用例を積極的に集めているわけではないのだが、その例をほとんど見つけられないというのは、誰が使っているのだろうかと思ってしまうのである。といって、その例を複数見つけることができたら納得できる、という話でもないのだが。

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