第457回
オーマガトキ

 夕方の薄暗いとき、たそがれどきをいう、「逢魔が時」という語がある。「魔」と出会うとき、ということだから、おもしろい語だと思う。読みは「おうまがとき」だが、声に出して言うときは、オーマガトキになるだろう。そのため、この語を国語辞典で引くとき、「おうまがとき」か「おおまがとき」かで、少し悩むかもしれない。実際に「おうまがとき」で引いてみると、「おおまがとき」を見るようにという指示のある辞典が多い。しかも「おおまがとき」の表記は、「大禍時」である。

 同じ意味の語なのに、なぜ「おう」と「おお」で読みも違うし、表記も違うのだろうか。

 「逢魔が時」「大禍時」は、表記からもおわかりのように、ともにこの時刻には不吉なことが起こりやすいということから生まれた語である。「大禍時」がもともとの形で、「まが」は禍(わざわい)のことで、「まがまがしい」の「まが」と同じである。つまり、「おおまが(大禍)」は「おお」と「まが」とに分かれる。

 ところが、後にこれが「おおま」と「が」に分かれると意識され、「が」は助詞、「ま」は「魔」だと解釈されたために、「大魔が時」となる。そしてさらには、「魔に逢う」という意識も生じて、「逢魔が時」と書かれるようになった。これだと、読みは「おうまがとき」となる。ちょっと複雑な変遷を遂げた語ということができるだろう。

 『日本国語大辞典(日国)』の「おおまがとき」のところで引用している用例の中には、


*俚言集覧〔1797頃〕「お万が紅(ベに)〈略〉オマが時とも云 大魔が時と云 又転じて王莽が時といふ」


というものがある。『俚言集覧(りげんしゅうらん)』は福山藩士で、儒学者の太田全斎が編纂した国語辞書である。「大禍時」が「逢魔が時」になる途中の、「大魔が時」の形が文中に見られるところも興味深い。

 また、「王莽が時」という見慣れない表記もある。これは「おうもうがとき」ではなく、やはり「おうまがとき」なのだが、「王莽」は、中国、前漢末期の政治家で、新という国の建設者である。唐突に王莽が出てきたように思えるが、『日国』ではその理由として、江戸後期の国学者・谷川士清(ことすが)編の国語辞書『和訓栞(わくんのしおり)』の「わうまがどき」の、次のような部分を引用している。


 「羅山子の説に倭俗黄昏を称して王莽時といふといへり 前漢後漢の間の閏位正を乱る意を取て名とす たそかれ時のごとし」


 「羅山子」は江戸前期の儒学者・林羅山(はやしらざん)、「閏位(じゅんい)」は正統でない天子の位のことである。王莽が前漢から政権を奪い、新を樹立して自ら天子の位に就いて正統性を乱したことが、あたかもたそがれどきのようだということから、「王莽が時」はその意味になったといっているのである。

 蛇足だが、『俚言集覧』にはもう一つおもしろいことばが出てくる。「お万が紅」である。夕陽で空が赤くなることをいう語だが、なぜそのようにいうのか諸説あるため、ここでは省略する。

 それはさておき、最近の一般向けの国語辞典の中には、「逢魔が時」「大禍時」を載せていないものもある。おもしろい語なので、いつまでも残しておきたい語だと思うのだが。



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