第461回
「おかしれぇ」は江戸ことばか?

 今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で、少しだけ話題になった語がある。「おかしろい」という語で、後に江戸幕府15代将軍となる一橋慶喜の側近、平岡円四郎が口癖のように使っていた。円四郎は江戸っ子なので、「おかしれぇ」と江戸弁風に言っていた。
 この「おかしろい」だが、江戸庶民が使っていた江戸ことばだと説明しているものをけっこう見かける。だが、辞書編集者としてはこれに対していささか疑問がある。
 確かに「おかしろい」は、『日本国語大辞典(日国)』にも、『江戸語大辞典』(前田勇編 1974年)にも立項されている。いずれも、「おかしい」と「おもしろい」を合わせて作った語だと説明されているのだが、そこで引用されている用例は、『七偏人(しちへんじん)』の例しかないのである。『七偏人』は梅亭金鵞(ばいていきんが)作の滑稽本で、角書に「妙竹林話」とある。内容は、「江戸の遊び仲間七人が、半可通の大愚をだしに、茶番やいたずらの趣向を競い合って日を送るさまを、四季にわたって描いたもの」(『日国』)である。
 その『七偏人』から『日国』は以下の例を引用している。

*滑稽本・七偏人〔1857~63〕二・上「出かした出かしたでは可笑(ヲカシ)ろくねへ」

 「可笑」の読みが「ヲカシ」とカタカナになっているのは、用例の底本にそのような振り仮名があることを示している。また、『江戸語大辞典』で引用している用例は、『日国』で引用した部分の少し前にある。このような例だ。

 「フムウなかなかをかしろさうだはへ」(二・上)

 実は『七偏人』には、『日国』や『江戸語大辞典』では引用されていない「おかしろい」の例がもう一つある。

 「ナンノお(ママ)かしろくもねへ悪(わり)い洒落(しゃらく)だ」(二・中)

 以上の3つの例が『七偏人』で使われている「おかしろい(をかしろい)」のすべてかどうか、全編を通して探してはいないのでわからない。だが、「おかしろい」は、現時点では『七偏人』以外に用例が見つかっていないことだけは確かなのである。もちろん、今後、他の文献からの例が見つかる可能性は否定できないが。
 辞書編集者としては、たとえ複数回使われていたとしても、『七偏人』の例だけで、江戸っ子が「おかしれぇ」と頻繁に言っていたとは思えないのである。『江戸語大辞典』に立項されているが、それは『日国』同様、江戸時代の用例があったから見出し語としただけだと思う。だから、どちらも江戸ことばだとはひと言も述べていない。『七偏人』の作者の造語という可能性もあるからだ。
 もちろん、大河ドラマの台詞の中で「おかしろい」を使ってはいけないと言っているわけではない。似ていることばを合体させることば遊び的なことは、いつの時代でもやることなので、おもしろいことばをよくぞ見つけたと思う。ただ、それが江戸ことばだと説明されると、戸惑いを禁じ得ないのである。

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