第463回
「かしこまりました」

 若い人に何かを頼んだとき、「かしこまりました」と返事をされることがあるのだけれどどう思うか、という質問を受けた。その人が勤めている会社の新人も、しばしばそのように答えることがあるらしく、気になったらしい。言われてみれば、私もそのようなメールを受け取ったことがある。そのときは、なんだか商売人か執事のようだなと思ったくらいで、大して気にもとめなかったのだが。
 質問を受けてからインターネットで調べてみると、この言い方を変だと思っている人がけっこういることがわかった。変だというのは、語自体がおかしいということではなく、使われ方や使う場としてどうかということのようである。
 ことばのマナーについて、辞書編集者の私があれこれ述べることではないが、いい機会なので、「かしこまりました」という語について少し考えてみた。
 そもそも、「かしこまりました」とはどういう表現なのだろうか。
 「かしこまる」は、『日本国語大辞典(日国)』によれば、「相手の威厳に押されたり、自分に弱点があったりして、おそれ入る。おそれつつしむ」という意味で、これが「つつしんで命令を受ける。つつしんで承諾するの気持を表わす」という意味に派生していったようである。
 では、「かしこまりました」はどうかというと、『日国』では「(つつしんで言いつけをお受けする意から)相手を高めて、「承知した」「わかった」という意を、ていねいに表わす挨拶のことば」と説明されている。
 そして、江戸時代の例を3例、近代例を1例引用している。これらの例について詳しく述べる余裕はないが、江戸の3例は、咄本『百登瓢覃』(1701年)、滑稽本『東海道中膝栗毛』(1802~09年)、人情本『春色恵の花』(1836年)からのもので、いずれも商売人や配下の者が謹んで言いつけをお受けするという意味で使っている例である。
 近代例は、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905~06)からのものである。

 「『君から今一応本人の性行学才等をよく聞いて貰ひたいて』『かしこまりました』」(四)

引用文の中で「かしこまりました」と言っているのは、吾輩(猫)の飼い主である苦沙弥先生の学生時代の同級生、鈴木である。鈴木は先生の近所に住む金田という実業家の腰巾着のようになっていて、金田から先生の「性行学才」を探るように言われて、そのように返事をしたのである。金田は自分の娘と苦沙弥先生の弟子の水島寒月とを結婚させたいと思っていたのだが、先生は金田を毛嫌いしていたため、反対していたのである。このような人間関係を考えると、鈴木が使った「かしこまりました」は、やや卑屈な感じがしないでもない。
 『日国』で引用している用例がすべてだとは言わないが、「かしこまりました」はどうしても、商売人や、使用人が使うことばだという印象を受けてしまうのではないだろうか。
 2011年に本屋大賞を受賞した東川篤哉の小説『謎解きはディナーのあとで』でも、主人公のお嬢様刑事に何か言われて「かしこまりました」と答えるのは、景山という執事だった。
 目上やお客などに「かしこまりました」を使って悪いということはないが、通常はそこまでへりくだらずに、「了解しました」「承知しました」「承りました」を使えばいいのではないかと思うのである。

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