日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第467回
「がぜん」は昭和初期の流行語だった!

 文化庁が毎年実施している「国語に関する世論調査」では、ことばの言い方や意味の揺れに関する調査も行っている。2020年度の調査では、「がぜん」「破天荒」「すべからく」の意味と、「明るみになる」と「明るみに出る」、「寸暇を惜しんで」と「寸暇を惜しまず」、「一つ返事」と「二つ返事」のどちらを使うかという調査が行われていた。
 これらの語の中で、「がぜん」についてはどこにも書いたことがなかったので、この場をかりて触れておこうと思う。
 文化庁の調査では、「がぜん」について、「我が社はがぜん有利になった」という例文で意味を尋ねたところ、本来の意味とされてきた「急に、突然」と答えた人は23・6%、本来の意味とは異なる「とても、断然」が67・0%だった。つまり、この調査に関しては、本来の意味で使う人の方が少なく、しかもそれが各世代にわたっていたのである。
 なぜそのようなことになったのか。
 「がぜん」は漢字で書けば、「俄然」である。「俄」という漢字には、「俄雨(にわかあめ)」などのように、急に、たちまちという意味がある。「ガゼン」と聞いてこの漢字を即座に思い起こせれば、「俄然」はどういう意味なのかすぐわかるだろう。だが、ひょっとすると「俄」という漢字はあまり使われることがなくなっているので、意味がわからなくなっているのかもしれない。
 それともう一つ、「俄然」の意味の変化に影響しているのではないかと思われることがある。この語には、昭和の初期に、すでに本来の意味とは異なる意味で使われた過去がある。
 それは、『日本国語大辞典(日国)』によると、
 「動作、状態を強調するのに用いた、昭和初期の流行表現」
である。『日国』で引用されている、当時の新語辞典の例がとてもわかりやすい。

*モダン用語辞典〔1930〕〈喜多壮一郎〉「がぜん 俄然である。別段深い意味がある訳でないが、馬鹿に流行してゐる。言葉の調子がいいからか? でたらめに何処にでも使ふ。『彼女は俄然彼に恋した』とか『野球に行ったらがぜん彼女に会った』とか」

この意味が、現在も受け継がれている可能性は否定できない。
 そして、もう一つ興味深いことがある。「俄然」の意味を文化庁の調査でもわかるように、「断然」だと思っている人が多くいるのだが、実はこの「断然」も同じ昭和の初めころに、従来なかった「なみはずれて。ずばぬけて」という意味が生まれ流行するのである。「断然」の、もともとの意味は、きっぱりとしているさまや押し切ってするさま、というものである。
 『日国』では、この「なみはずれて。ずばぬけて」という意味で、

*まんだん読本〔1932〕みんな映画の影響だ〈古川緑波〉「バンクロフトの人気は、ダンゼン力強いのだ」

といった例を引用している。この新しい「断然」から生まれた語に、「断トツ」がある。この語は、「断然トップ」の略なのだ。
 この「俄然」と「断然」が新しい意味で使われるようになった時期が重なるというのは、まったくの偶然だったのだろうか。意味の混同がこのときに始まった可能性は、確証はないが、否定もできない。
 国語辞典の中では『明鏡国語辞典』(第3版)が、「俄然」の項目の注記として、「『断然』の意味で使うのは誤り」としているが、「誤り」とまで言い切れるのかどうか疑問である。

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