第468回
「曲がりくどい」「定年劣化」「納品」

 3つ語を並べたが、別に三題噺を書こうと思っているわけではない。おまけに「曲がりくどい」「定年劣化」なんて聞いたことがないし、誤用ではないかと思ったかたもいらっしゃるかもしれない。
 実は、最近気づいた、ちょっと気になることばや言い方を、3つ集めただけなのである。いずれも、ごく限られたところでしか使われていないようで、あまり詳しく書けそうになかったため、一度に取り上げようと思ったわけである。
 まずは、「曲がりくどい」。インターネットの書き込みで、「我が家の夫は話がとても曲がりくどい」と書かれているのを見つけて、最初、単純な入力ミスなのだろうと思った。もちろん「回りくどい」の。だが、念のために調べてみると、他にも「曲がりくどい」と書かれたものがあるではないか。遠回しでわずらわしいという意味の「回りくどい」を、「曲がりくどい」だと思っている人が、確実にいるということになる。
 おそらく、「回りくどい」という語をあいまいにおぼえていて、何となく音が似ている「曲がりくどい」と言ったり書いたりしているのだろう。明らかに言い間違いなので、「曲がりくどい」が広まることはないだろうが、気にはなる。
 「定年劣化」は、知人のフェイスブックの書き込みで見つけた。ガス給湯器が「定年劣化」でお湯が出なくなった、と書かれていたのである。これも最初は、「経年劣化」の言い間違いだろうと思った。だがこれもインターネットで検索すると、けっこうヒットする。「定年劣化」するものは、タイヤだったり、燃料ポンプだったりして。
 テイネンとケイネン、確かに音が似ている。あいまいにおぼえていると間違えそうだ。おまけに、「定年」というと、なんとなくそのものに最初から決められた寿命があって、そのときに近づいてくると、壊れてしまうという意識があるのかもしれないなどと考えてしまう。そう言えば、ある会社の電化製品は、保証期間が過ぎると不具合が起こりやすくなるようにあらかじめ製品の寿命が仕込まれているという都市伝説があった。
 いずれにしても、「定年劣化」も広まることはないだろうし、辞書に載ることもないだろうが、そう思い込んでいる人がいることは確かなのである。
 最後の「納品」は、ここで取り上げるほどのことではないかもしれない。あるところから依頼を受けて書いた原稿を送ったところ、担当の編集者から、「さっそくの納品ありがとうございます」という返事が来て、気になったのである。「原稿」を「納品」?
 「納品」の意味は、「品物を納入すること。また、その品物」(『日本国語大辞典』)である。「原稿」は「品物」なのだろうかということで、まず引っかかった。原稿用紙に書いたものを送ったのではなく、パソコンで書いた原稿のファイルを送信したので、余計そう思ったのかもしれない。もし、「品物」に原稿も含まれるとするなら、語釈を見直さなければならないかもしれないとも考えたのである。
 この話を知り合いの校閲者のMさんにしたところ、「○○日までに納品します」とふつうに使っているというのだ。ライターさんもけっこう使っているはずだとも。そうなのかと一応は納得したのだが、さらにMさんからこんな指摘を受けた。神永さんが引っかかったのは、ご自分で書いた原稿を受け取ったということを、単に「納品」と物品を届けたように言われたからではないかと。確かにそれはありそうだ。
 私も長い間編集者をしていたが、原稿を受け取ったことに対して、「納品」を使ったことは一度もない。執筆者にも「玉稿を賜りありがとうございました」とまでは言わないまでも、「お原稿を頂戴いたしましてありがとうございました」とか、「お原稿拝受いたしました」とか言っていたと思う。Mさんも、自分の方から「納品」と言うことはあっても、編集者からそう言われたことはないと言う。その編集者独特の言い方だったのかもしれない。
 いろいろと書いてはみたものの「曲がりくどい」や「定年劣化」を立項したり、「納品」の語釈を変更したりする必要は、今後もなさそうだ。だが、辞書編集者は、こんなささいなことでもつい気になってしまうのである。

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